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魅惑の万媚 

午後から週末の会の装束出し。
そのときに見せていただいたのが万媚(まんび)という面。
はっきりいって怖いです。
普通にしているとすごーく美人。
照らす(少し上へ向ける)と愛らしい笑顔。
でも曇らせた(少し下に向ける)途端、その美しい目元は黒い輝きを放ち、微笑んでいたはずの口元は不適な笑いにと変わる…。
能面はその角度・光の具合で大きく表情を変えると言われていますが、こんなに劇的に変わる面は初めて見ました。
現実にもいますよね、こういう女性…。

ちなみに週末の「紅葉狩」のシテはこの面ではなく“化生”と銘された面を使います(とっても宗家で大事にされてるそうなので)。
こちらの面は色白で可愛らしい感じです。


その後国立へ行き、申し合わせの前に稽古室で大鼓の稽古。
今日は「松風」
しっかり稽古していったのですぐ終わっても大丈夫なように次の曲も予習していきました…
が、思いっきり絞られましたです。
大鼓の稽古は右手で左手のひらを打つのですが、なんせまだ痛いですもん。
打ってる最中から、手が熱くなるのを通り越して冷たくなってきてましたし。
どうにも0.3秒くらいの間がなかなかうまくとれず苦労しました。
(文字で書くと、「ヤ ハ ヨーイ」と「ヤ ハ  ヨーイ」くらいの差。わかりにくい??)
でも先生が非常に熱心に教えてくださったおかげで、なんとなくこの間が感じられました。
「プロなら同じ注意を2度と受けてはいけない」というのは師匠の教え。
なんとか次にいっていいとのOKを出していただいたので、次の曲で一発OKをいただけるように稽古しておかないと。
それが教えていただいたことに対する最大の恩返しなのだから。
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ちょっとひとやすみ 

今週は舞台は週末の金春会だけ。
その会でも2番謡うのが普通なのに、今回は「紅葉狩」のツレのみ。
すこしだけ気が楽。
でも来週はかなり忙しくなってしまうので、今のうちから暗誦作業をコツコツと。

この夏を超えて1年使ってたシャワーカーテンがかびてしまった。
買い換えなくちゃと思って数軒店をまわっているけど、なかなかコレ!ってものがない。
そもそもお店でもシャワーカーテンなんて品数をそろえてないし。
実家にいる頃はまあーったく見向きもしない商品だったわけで相場もわからない。
珍しく今度の土曜日は休みなので、ハンズやロフトをまわってみよう。


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薪能からろうそく能へ 

疲れがそろそろピークです…。

朝宅稽古を終えて昼からの催しに向かいました。
楽屋でも何だかふらふらしてしまうくらい。
さすがにまずいと思って、楽屋食堂に行きリポビタンDを購入。
たかだか130円ですが、これで気分的に元気になってきました!

初番の舞囃子「田村」の地謡を謡い終え、すぐさま夕方の催しへ出発。
浦和と与野の間に位置する二木屋さんというお店での薪能があるのです。
文化財に指定される古い趣のある建物を改装し料亭を営まれています。
お庭に舞台を建てて、約60名ほどの方に狂言と能を観ていただき、その後お食事となります。
この催しも6年目になり、僕は毎年1回くらいお手伝いに伺っています。

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このお店は建物の趣はもちろんですが、すごーく優雅な気分になれる空間になっています。
そこここに、あ、気が利いてると思うようなものが配置されていたりします。
また食事もこれまた絶品でお酒も豊富。
そしてなにより、高級店にありがちな高飛車な感じが微塵もなく、お店の方お一人お一人がとっても親切に対応して下さる、そのサービスが魅力だと思います。

という贅沢な空間で薪能をやる予定だったのですが、今日は天候が不安定で外でやれるかどうかギリギリまで粘ったものの、6年目にして初めて屋内でのろうそく能となりました。
お客様と非常に近いところで舞うのでシテは苦労したそうですが、これはこれでまた違った趣があってよかったのではないかと思います。
ちなみに曲は半能「鵺」でした。

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友人の結婚式にて 

大学時代の同級生の結婚式で、六本木ヒルズにあるグランハイアットへ行ってきました。
新郎とは剣道サークルで一緒。
新婦は鍼灸師さんだそうです。

さて、こういう仕事をしているとただのほほんと結婚式に出席、というだけでは済まされず、「何かやって」といわれることが結構あります。
普段はスペースの都合もあり、謡(「高砂」の“四海波”か“高砂や”)のときが多いのですが、今回は舞を所望されました。
舞うのは今回が初めてです。
地謡を連れて行くわけにもいかないので、自分で謡ながら「高砂」のキリの部分を舞うことにしました。

今日は17時からだったのですが、その打ち合わせもあるかと思い、ちょっと早めに出かけました。
係の方に連れられ、まだ誰もいない会場に入ってみると3畳弱くらいの所作台がありました。
床の上で舞うと思っていたので、あぁこれは準備がいいなと一安心。
実際に声を出してみると、地声でもいけそうな感じでしたが、人が入ると音が吸われてしまうので、ピンマイクを使うことにしました。

さて本番。
僕は新郎友人のスピーチ2番目でした。
(できたら神事として乾杯前にやらせてもらったほうがいいよ、と先輩方には言われているのですが、上司等の兼ね合いもあり、なかなかそうはいかないのが現実です)
3分ほどスピーチして舞へ。
座ってしまうと後ろの方が見えないので、立ったまま始めそのまま終わりました。
わかってはいましたが、やっぱり謡ながら舞うのはキツイ。
声を張り上げ過ぎないように8割程度の声で、間を大きく取って謡うことを心がけました。
おかげさまで評判もよく終わることができました。

が、なかには「スピーチよかったね!」という声も。
嬉しいような悲しいような(笑)
自分でもよくわからないのですが、人前でしゃべるコツを持っているらしいのです。
以前家元のお孫さんの結婚式のときも、会う人会う人からあのときのスピーチはよかったといわれたり、この前の先輩の同門会のときも先輩方をさしおいて僕が〆の挨拶をしたり。

基本的にしゃべるときはカンペを作りません。
ある程度こんなことをしゃべろうかなというようなことを考えておき、つなぎ方をぼんやりと考えておくだけ。
あとはそのときの雰囲気次第です。
話しているとき、ちいさなヤジというかそんな声が聞こえたらそれに反応する、食いつきが悪いなと思った話は短く終わらすといった程度の工夫でしょうか。
あとは食いついたと思ったら、すかさず頭に浮かんだことで畳み掛けるようにもしています。
この雰囲気の駆け引きみたいなのが結構面白いんですよね。
もちろん緊張もしますし、思ってたことも言えずじまいになることも少なくはありません。
でも今のところは、この方法でなんとかうまく乗り切っているようです。

しかし、なんでだか??
うまくいくのはこういう大人数相手のときだけで、相手が女性1人だったりすると途端に口下手になっちゃうんですよねー…。

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25年目にして… 

連休は忙しく過ごしておりました。

日曜日は定例能
「雲雀山」の子方は無事勤め上げてくれました。
初めての唐織で、鬘が暑かったみたいですが、非常にお行儀よくしていられました。
今までで最も安心して見ていられる舞台でしたね。
中将姫姿が非常に可愛らしかったので携帯で撮っておこうと思ったのですが、次の「土蜘」の準備で、装束をつけたりしてて忙しかったのでダメでした。
残念。

「土蜘」の太刀持のほうはだいたいうまくいったかなと思います。
申し合わせのときに帰るタイミングを変え、最後太刀を拾って帰ろうと思ったとき「しまった!見所に背を向けてまわってしまった!」と一瞬はっとしましたが、考えてみると頼光を追うのだからこの向きでいいんだなと思いなおし一安心。
ただこの曲って、舞台中に蜘蛛の糸が飛び交ったり斬組があったりと派手で、ご覧なる方にとっては退屈しないで観られる曲だろうと思うのですが、あまり能楽師としての技量が問われない曲なのではないかなぁと思ったりしました。
しかし逆に、ご覧になった後の感想が蜘蛛の糸だけにならないように演じなければならない、と考えれば非常に難易度の高い曲であるともいえるかもしれません。



翌日は先輩社中の同門会
先輩は5歳上でこの会はもう4回目。
僕があと1年したらこうした会を始められるかといわれれば、まず無理。
そう考えるとすごいな~!

さて会は前にもちょこっと書いた学生さんたちの能「羽衣」でスタート。
申し合わせの反省を生かした見事な舞台でした!
最初のほうはやっぱり緊張しているのかな、と思っていましたが、物着のあと、舞い始めてからはすっごく楽しそうだなという舞でした。
観ていてもとっても面白かったし(このあたり彼女の師匠である先輩とまったく同意見でした)。
地謡・後見を勤めたみんなも足の痺れに耐えて、本当に頑張って盛り立てていました。

打ち上げのとき、他の先生方から褒められているうち、シテの子は感極まってか号泣してしまいました。
22年間、赤ん坊のときを除いては泣いたことがなかったそうですが、打ち上げの間中、2時間ほどほぼノンストップで泣き通してました。。。
でも、そのくらいの気持ちを一番の能にかけられるってすごいなと心から思ったのと同時に、僕もそういう気持ちを忘れちゃいけないなと痛切に感じさせられました。

痛切に…。

僕は稽古を始めて25年になります。
こんなことは初めてでした…。

この会では最後に番外仕舞として、出演した玄人が舞います。
僕は「淡路」でした。
ちょっと遠い曲なのですが、師匠にも2度見ていただいたし大丈夫…のはずだったのですが。。。
この曲は地謡との掛け合いがあり、何句かシテが謡います。
舞い始めて、あれ?次なんだっけ??
ま、謡ってるうちに思い出すだろう、と思っていたところ、う~ん??
えーい、ままよ!と謡ってその場はクリア(下というところを国と言ってしまった)。
ところが悪夢はここからで、足拍子のある箇所の謡が、今度は頭から全く出てこない。
…何謡ったか、覚えていません。

結局ご覧になっている方は、遠い曲ということもあって気づかれずに済んだようですが(もっとも気づかれるようなミスをしたらプロ失格ですが)、楽屋に帰ってから地謡の皆さんには平謝りでした。
こういう曲はシテが間違うと、地謡も共倒れになるケースが少なくないのですが、地謡の皆さんは踏ん張ってくれました。
本当に感謝です!

しかし打ち上げのお酒の味が苦かったこと…。

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ぜいたく 

国立の稽古が早く終わり、今日は15時過ぎに帰宅。
あぁ~、平日日の出ているうちに帰れるのってなんて贅沢♪
世間では明日から三連休らしいけど、僕は全部仕事なんだから、今日くらいこんなでもバチは当たんないよね。

ここのところずーっと忙しかったので、この機会を逃さず一気に掃除・洗濯を。
夕食もちゃんと作ったし。

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ちょっと見えにくいけど、赤飯・かき玉汁・しらたきのたらこ和え・やげんと野菜の炒めもの。
“やげん”というのは鶏の軟骨で三角形状になっている部分。
100グラム100円ちょいだけど、150グラムもあれば十分なかさがあるし食べ応えもある。
おまけに美味い!
酒、塩、胡椒でちょいちょいと味付けでOK。
オススメです。

ちなみに、僕は小さい頃から軟骨が大好きで、よくフライドチキンの骨を貪っていた。
中学のとき、お弁当にチューリップチキンが入っていて、いつものごとく軟骨を食べていると、これが奇怪見えたのか友人がびっくりしていた。
その後どういうわけかこの話が一つ上の学年にひろまり、知らないうちに僕は“ナンコツ”というあだ名で呼ばれていたのだった。
まーどうでもいい昔話なんですがね。。。


明後日は円満井会定例能
「巴」(これがボリューム満点のなのです)と仕舞三番の地謡。
それと能「土蜘」の太刀持のお役。
さらにその間の能「雲雀山」に僕が教えている子が子方で出ることになっている。
もうこの子も4度子方を勤めているベテラン。
ただし今度は今までになかった鬘をつけて唐織着流しという格好、更に立膝で1時間以上座っていないといけない。
申し合わせのときはうまく足を組み替えて、立つときはスッと立てていた。
かわいらしい子だしまだ声変わりもしてないんだけど、五年生になってだいぶ背が伸びちゃったからこれで子方は最後かも。
よくできるといいな。

明日はその子の最後のお稽古。
申し合わせで急な変更点があったから、その部分をしっかりフォローしておこう。

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能が能たりうる基準 

今日は某アパレルメーカー(という表現が正しいかはわからないけど)の全国店長会なるイベントに参加してきました。
ホールや体育館など能楽堂でない会場での催しもままありますが、今回のように四本柱なし、橋掛りなし、床はカーペット、暗転あり、緞帳ありというのは珍しく、勝手が違うので緊張しました。

演目は会のオープニングに超短縮型・能「猩々」(なにせ上演時間約10分)、エンディングに舞囃子「高砂」(これはほぼ定型)の2曲。
シテ方は全員20代という若手メンバーで勤めました。
「高砂」は出端アトのシテ謡からの予定でしたが、急遽待謡からとなり、僕が謡うことに。
本来ワキ方が謡う箇所なのですが、結婚式でもよく謡われるので(“高砂や~、この浦舟に帆をあげて”という部分)慣れてはいます。
ただ結婚式ヴァージョンというものが存在するので、そっちにならないかどうかがやや心配ではありました。
暗転した状態で舞台に入り、すぐ電気がつくと思いきやなかなか明るくならず、さていつ謡いだしたらいいものか?と、ちとヒヤリ。
3分くらいして明るくなったので、様子を見計らって謡出し。
どうやらよかったみたいで、ほっ。
でもマイクの影響で、お囃子が時間差で聞こえてくるのでまたまたヒヤリ。
もうこうなったら勢いで謡いきって、そのままなんとか終了。
あとで囃子方がおっしゃるには、囃子方のほうでは囃子の音ばっかりがマイクに入り、地謡が全然聞こえなくてむこうも大変だったようです。
何が起こっても慌てずにできるためには、やはり日頃の稽古が大事なんでしょうね。


今日は見所(というより客席)は真っ暗で何も見えず、お客様の反応を目に見ることはできなかったのですが、感じとしては真剣に見て下さったようでした。
この会社の社長さんが和の物がお好きということで、今回は能となったそうですが(昨年は和太鼓だったとか)、社員の皆さんは初めて能を観るという方も少なくはなかったのではと思います。
こういうときご覧になった方がどういう印象を持たれたか、そして自分の演じたものが人を感動させるに足るものであったか非常に気になります。
能というものは目を楽しませるショーというより、じっくりと観てその人の中で消化しそれで感じるという類のものだと思います。
そういう面でとっつきにくい部分があるのは事実なのですが、それでも、たとえ今回のように勝手が違う会場で、わずか10分程度という短い時間であっても、本物の技量というものがあれば何かを感じさせることができると信じています。

能楽堂という場所でちゃんとした形態の能を舞うことは、能楽師にとって主たる目的であって最も大事なことであるということは、もちろん百以上も承知しています。
しかしそういった場所のみで上演していて、観たい人は来い!的な状態でいるのでは、いつまでたっても能の裾野は拡がらず、ひいては名ばかりの伝統になってしまうかもしれません。
しかしだからといって、何でもありの大衆迎合的なものになってもいいのかというと、それは絶対にあってはなりません。
能が能たりうる基準がしっかりと見えてくるようになるには、稽古を重ねていく以外にないと思いますが、ただ漫然と目先のみを追って稽古するのではなく、こういった答がないものに対しても各々考えていくのが、私たち能楽師の責務ではないでしょうか。

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万博へ 

日帰りで名古屋に行ってきました。
かの愛・地球博での公演です。
正式名称は
“世界無形文化遺産 能・狂言のすべて 「咲きほこる伝統」1000年の時空を超えて”
…って、長っ!
それに1000年ていつから数えているんだろう…?

会場はエキスポドームというところで、側面が開いていて上にかさがかかっているという西武ドームぽい造り(今はインボイスでしたっけ?)。
楽屋は冷房がかかっているので涼しかったですけど、舞台上はかなり暑かった模様(今日は楽屋働きだったので)。
お客様もウチワが手放せなかったようです。


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写真は今日の出演者用パスポート。
記念に持って帰りたい!という声が数多くあったのですが、セキュリィティーの問題でかなわず。
ということでとりあえず写真だけ撮ってみました。

でもこのパスポート、エキスポドーム以外のアトラクションは入場できず、本当に行って帰ってきただけ。
曲目も半能「田村」と上演時間20分程度。
結局、万博会場滞在時間は3時間弱でした。

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半蔀の作り物 

今日は国立普及公演「半蔀」の地謡。

今年はどうもこの曲は当たり年で、5月以降これで4回目。
非常にしっとりした美しい曲です。
ちなみにこの曲、流儀によっては“はじとみ”と読むようですが、金春流では“はしとみ”と読みます。

さて舞台ですが、前半は何ということなく終わり、後半に引きまわしに包まれた作り物が出てきます。
この中でシテが謡い出し、やがて引きまわしが下ろされます。
瓢箪や夕顔に覆われた上半分の蔀戸がついた作り物が現れ、その中でシテが鬘桶にかけています。
作り物から立ち出でてしっとりと舞を舞い、やがてまたその中へ消えていきます。

今回は面は増を使っていました。
イメージとしては小面かなぁと思っていたのですが、よくよく謡本を見てみると“面、増(小面ニモ)”という表現になっていました。
ちょっと色気のあるような感じがして、なるほどこういうのもいいなぁと思えました。

僕は地謡での参加でしたが、今日は一つ課題をもって臨みました。
それは、肩の力を抜いて謡うこと。
昨日小鼓の稽古のときに指摘していただいたのですが、前々から自分自身なんとなくそれは感じていました。
そのときは「富士太鼓」を謡ったのですが、好きな曲ということもあり、また中ノリである程度強さが求められるということもあり気合が入りました。
ところがその力がうまく謡の強さになってないような気がして、更に力む。
すると描いているような緩急や音の出し入れが出来ない。
そこへ先生からのご指摘がきました。
この点については、以前から笛の先生からもされていました。
この指摘が2つ重なって、はっと気がつきました。

そして今日の地謡。
自分なりに考えてみて、声を前に押し出すというようなイメージで謡ってみました。
昔、家元が書かれた文章のなかで、「修行の末、私の声は1メートル先で焦点を結ぶようになった」という記述がありました。
どうも家で稽古しているとあまり大きな声を出すまいとして、喉の奥で謡うような謡い方がくせになってしまったような気がします。
今日、前へというイメージで謡ったところ、息が深く使えて喉の負担も少なかったような気がしました。
今後は強い曲で、かつ一人で謡わなくてはならないようなプレッシャーのかかる場面でもこういう謡い方ができるようになるかということが課題です。

作り物についてもう少し。
こういう大道具は上演前にその都度シテ方が組み立てます。
半蔀の場合はまず竹を麻紐で結ぶなどして骨格を作り、棒地という包帯状のもので補強兼デコレーション。
その後蔀戸を付けて、蔦を這わせ夕顔・瓢箪を添えます。
こういうのはシテの意向を聞きながら、若い人が作っていきます。

舞台上で引きまわしが下ろされてからしばらくして、あっ!
柱に絡ませた蔦がずり落ちている!
それも一番目立つ、正面の脇正側。
たぶん僕が巻いてたところだ…。
動かしたり、引きまわしをかけたり下ろしたりするときに引っ掛けていた上の部分が外れてしまったんだと思います。
なんとなくだらしなく見えてしまったし、シテが出入りするときに少し引っかかってしまっていたようで、悔いが残りました。
次回はこういうことがないようにしないと。
日々勉強です。

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三連荘 

今日は朝から晩まで国立に。

11時から明後日の国立普及公演の申し合わせ
「半蔀」の地謡。
14時から来週の能楽研鑽会の申し合わせ
見学の予定が欠席者が出たため、急遽「羽衣」の地謡。
17時半からしあさっての金春会の申し合わせ
「枕慈童」の地謡。

どうも消化不良のような…。
当日はしっかりしないと!
正座している時間がとにかく長かったので足が猛烈にだるい。

あああああ!
でも明日も稽古3本立てだ~。

…とにかくもう寝よう。

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自分の色 

昼間出稽古のあと、夜は研究会へ。
「土蜘」「鵺」「巴」「紅葉狩」を謡いました。
前の2曲はワキ謡も。
これが結構大変で、普段謡い慣れないのとシテの邪魔をしないようにということで気を遣います。
ただなかなか地頭のチャンスがまわってこない僕にとっては、こういう責任がかかる謡を謡わせてもらうのはいい訓練になります。

「鵺」のワキ謡は念仏を唱える謡と、鵺の姿を見て驚いた謡の2箇所があります。
一応間違えずには謡えたのですが、終わったあと「びっくりしたはずなのにおとなしすぎる」というご指摘をいただきました。
謡いながら自分自身もう少し派手に謡ってもいいかな、という思いもあったのですが、声が上ずらないようにとか囃子をよく聴いていいタイミングでシテに渡そうとか、そういうほうに気が向いていました。

研究会に出だしたのは5年前で、その頃はとにかく絶句しないように謡うので精一杯でした。
囃子も耳にはいらず、あるときには「あんな謡を謡われたんじゃ稽古にならない」と囃子方の先生からお叱りを受けたこともありました。
そういう時期から比べると、だいぶ落ち着いた感はあります。
と同時にもう一段上を目指さねばならない時期に来たとも言えます。

僕は玄人としての席次が一番下なので、能の地謡なども前列の比較的責任の軽い位置で謡わせてもらうことがほとんどです。
そういう場所では囃子方と対決するとか、自分の謡を謡うという以前に、いかに地頭の意図を汲み取って地謡全体として調和のとれた謡を謡うかという点に心を砕きます。
最近は謡いながら、地頭によって全然違う声が出てきたような気がします。
これに関しては成果が出てきたのか、今日一つ上の先輩と2人で謡った「紅葉狩」は非常に声が揃っていると言っていただけました。

ただ一方でそういう謡い方になれていくと、先ほどのワキ謡のように一人で謡うと面白味のない謡に陥りやすい危険性もあります。
最近は国立での囃子稽古のときに一人で謡う機会があるので、意識はしているのですが、もう少しその度合いを高めたほうがいいのかもしれません。

帰りがけちょっとそんな話をしていて、先輩方から研究会でもっと若い人に地頭のチャンスを与えるようにしていこうと言っていただきました。
僕は今までの人生を振り返ってよく思うのですが、本当に中学、高校、大学、そして今も、本当にいい先生・先輩に恵まれて、かわいがってもらってきたとひしひし感じます。
僕はいいたいことは結構ズバズバ言ってしまうし、僕が上の立場ならこんな扱いにくいのはいないだろうなと思うのですが、どうもやたらにそういう巡りがいいらしいのです。

お世話になった方への一番の恩返しは、きっと、教えていただいたことをしっかり身につけて「お、こいつ成長したな」と思ってもらえるようになること。
ちょっと遅い夏バテ気味でしたが、そんな期待に応えるためにも気合を入れなおしてまた稽古に励みます!!

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熱海合宿 

土曜日は国立能楽堂での仕事のあと、熱海へ直行。
仕事以外で東京から出るのはいつ以来だろう。

大学2年のときから毎年続いているイベント。
大学の同級生の別荘が熱海にあり、ここに男5~6人で集まり泊りがけで飲み明かすのだ。
このメンバーは不思議な縁で、別にクラスが一緒とかというわけではないのだが、入学3日後くらいになんとなく仲良くなった。
それが卒業5年経っても連絡が途切れることなく仲良くやっている。

本当は金曜から2泊3日の開催だったのだが、僕は土曜日が一日仕事だったので土曜の夜からの参加となった。
みんなそんなに飲めるわけではないが、そのわりにはよく飲んだ。
もーのすごく久しぶりにトランプやったり、たわいのないことでわいわい盛り上がって、結局寝たのは朝4時。

今秋1人が結婚する。
このメンバーのなかでは2人目。
ちなみに僕は結婚式で「高砂」を舞うことになっている。

本当に気の置けない奴等。
全員家族を持っても、爺さんになってもきっとこの催しは続くことだろう。

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電話なりっぱなし 

手紙を何通作ったことか…。

今日は12月4日に行われる、金春円満井会特別公演 「雨月・道成寺」の切符発売日
事務所は10時から電話が鳴りっぱなし。
おかげさまでS席は完売。
他の席も残り少なくなり、たぶん9月中には完売できそう。
事務局員としてはほっとしましたです。
やっぱり「道成寺」は人気曲だなぁ。
というわけで、今日はその発送作業でてんてこ舞いでした。


夕方から先輩社中の発表会申し合わせ
昨年から國學院大學の能楽サークルが能を出すことになり、今年は「羽衣」
当日は地謡についてないのですが、今日は一人急用が入ってしまったため代理で僕が入りました。
玄人3人、学生9人の計12人地謡という大所帯。
みんなよく稽古していて、小さくはないはずの僕の声が消されそうなくらい元気いっぱいでした。
でも1時間の正座はさすがにキツイみたい。
上級生の子たちはさすが!何事もなく立ち上がりましたが、前列に座っていた子たちは切戸まで帰るのが相当大変だったみたいです。
みんな動いちゃいけないと思って、足を組み替えずきーっちり座っているのが、間違いなく痺れの原因。
1時間じーっとしてたら、僕だってたぶん立てません。
扇を取るときなどに目立たないようにさっと組み替えるのがコツなのです。
でも慣れないとその組み替えるって動作が難しい。
僕も最初は曲が終わって帰るときが一番緊張してたもんなー。
一度コツを覚えちゃえばなんてことないんだけど。
とにもかくにも、気合で帰って来て下さい!
(でも無理して捻挫しないようにね)

シテはこのサークルの会長をしていた子。
もちろん初めてのシテ。
非常に熱心だし、常々肝が据わっていると感心していたのだけど、さすがに今日ばかりは緊張していたみたいでした。
でも申し合わせで緊張するのはよいこと。
僕は3年前「羽衣」を舞いましたが、申し合わせで師匠の父上から褒められて気が緩んでしまったのか、本番でありゃりゃというミスをしてしまいました。

当日まではあと20日ほど。
ここでもうひと頑張りできるかが、本当の勝負。

みんな頑張れ! 当日期待してるぞっ!!

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