ここのところ東京はぐずついた天気が続き、洗濯が出来なかったので乾燥機をかけがてら。
入ってしばらくすると、ちょっと挙動不審な若い人が入ってきた。
どうも銭湯は初めてらしく、シャンプーも石鹸も持っていない。
しばらく迷った挙句、軽く浴びて上がっていった。
それからしばらく経って上がってみると、脱衣所にまだその彼がいた。
銭湯に来るには似つかわしくない、リュックを手にネルシャツ、薄汚れた白い靴下という格好だ。
ちょうどロッカーが隣だったのだが、僕が着替え始めると追い出されるように出て行った。
外に出ると土砂降りになっていた。
乾燥機にかけた洗濯物を取りに行く。
また彼がいた。
別に洗濯をするでもなく、ただフラフラとしている感じ。
どうも様子がおかしい。
意を決して
「旅でもされてるんですか?」
と声をかけてみた。
家出して3日目という答え。
この雨で動くに動けないようだったので、「傘でも貸そうか」というと黙って彼は着いてきた。
ちょうど百均で買った傘が1本余ってたのだ。
マンションに着き傘を渡すと、なんとなく彼は佇んでいる。
「ちょっと中入ってく?」
はい、と言ってテーブルの前に座る。
「何か飲む?」
彼は1リットルの紙パックジュースを持っていて、それでいいという。
ひととおり質問してみた。
21歳、家からすぐ近くにある大学の4年生。
就職は決まっていない。
親と喧嘩して家出して、ここ2日は大学で寝ている。
パソコン入力のバイトを週5・1日12時間やっている。
「友達の家に泊まったりしないの?」
みんな家が実家なのだそうだ。
「友達はどのくらいいるの?」
3人。それも1対1のつきあい。
一緒に酒を飲みに行ったこともない。
それどころか酒を飲んだことがない。
「将来何かやりたいことはあるの?」
しばらく考えて、事務、という。
…人生楽しいのかなぁ???
聞くのも野暮だったが念のため。
「彼女いる?」
まぁそうだろう。
「欲しいとは思う?結婚したいとかは?」
またしばらく考えて、「…まぁ、そうですね」
それから40分くらいとうとうと僕の人生哲学を語ってしまった。
「無茶できるのは大学が最後のチャンスだぞ」
とか、
「なんでもいいから限界だ!と感じるくらいのことをやってみたら」
とか
「海外旅行行くとか、国内一人旅してみなよ」
とか。
手ごたえのない返事が返ってくる。
もっと具体的にしてみた。
「とにかく大学卒業するまでにあと5人友達を作れ」
「明日バイトにいったら誰か一人食事に誘え」
でも、同じような反応。
どうも彼は自分の意見というものがないようだ。
いや、多少は考えがあるんだろうけど、それを人に伝えられるくらい思考がまとまっていない、それを表現できる自信がないという感じだ。
聞けば高校のときも同じような感じで友達が少なかったらしい。
理由は言わなかったが、親との喧嘩の原因もそんなところに起因しているのだろう。
「日記でも書いてみたら?」
と、新たに提案してみた。
僕の高校の国語の先生がよく言っていた。
「口でしゃべるだけじゃなくて、ちゃんと文字にして書き記してみなさい」
口でしゃべるだけ、頭で考えるだけだと何となく思考がまとまった気はする。
あるいはまとまってなくて、途中でやめてもなんてことはない。
でも、紙に書いているとひとまとまりの論理の流れをつけるのは、思ったよりはるかに大変だし、中途半端に終わろうとするとその中途半端がカタチとして残ってしまう。
僕が思うに、彼は人に伝えようとするものが浮かばない、あるいは考えがまとまらないから人との接触を避けてしまっているのではないか。
何か「僕はこう思う!」ということがあれば、もう少し人と接しやすくなるのではないか、と思った。
この提案に対しては、前よりも少し強く反応したような気がした。
家出したというのは、彼の今までの人生からすると相当な冒険なようだ。
何か殻を破りたいという気持ちはある。
でもどうしていいかわからない。
そういう感じがする。
泊めてあげようかとも一瞬思ったが、余計な親切は彼のためにもならないし、今晩は少し僕の言ったことを一人で考えてもらうほうがいいかもしれないと思ってやめた。
傘は餞別としてあげた。
ものすごくお節介なことをしたけど、彼の人生が少しでもいい方向に向かう一つのきっかけになってくれれば、と思う。
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