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この花稽古会 

12月23日に行われる復曲能「この花」の3役も揃っての稽古会がありました。

この曲は3年ほど前に師匠ら先輩の手によって復曲され、今回で4回目の上演となります。
豊臣秀吉が作らせ、自らが出演した“豊公能”と言われるもののひとつです。
吉野の花見を終えた秀吉のもとに一人の女が現れ、昔は梅が花の代名詞であったのに、今は桜ばかりがもてはやされ、さびしいばかりと嘆き姿を消します。
秀吉が急ぎ難波津に行き梅を眺めて一首を詠じていると、先ほどの女が梅の精となって現れ、感謝の心を述べて舞を舞う、というストーリーです。
豊公能には「柴田」「明智討」など勇ましいものもあるのですが、これはとてもメルヘンチックな曲です。

過去3回、僕は臣下(その2)で謡は2句、後はちょこちょこと動きがあって、後はじっと我慢して座っているという役でした。
(おかげでダイエットのきっかけとはなりました)
今回はシテが変わり(過去2回が師匠、1回が師匠のお父様)、演出も大きく変わりました。
僕の役も臣下から太刀持になり、出で立ちは素襖上下、謡も従来地謡だった部分を豊公(今回は師匠)、臣下と同吟します。
そして今までは最後までいたのが、途中で切戸から引っ込むという演出になりました。
これは常に臣下を控えさせることによって秀吉の威厳を強く出していたのに対し、豊公と梅の精の出会いの場面をより鮮明にするためだと思います。
また登場も「鶴亀」の皇帝の登場に用いられる“真ノ来序”だったのが、囃子が何もない状態で出るなど、三番目的な色彩を強く出すようになっています。

打ち合わせで1時間、舞台で1時間、終わって30分ほどいろいろと話し合いがなされたりして、今後また大幅に変わるかもしれません。
さて、今回はどんな「この花」になるのでしょう?
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久しぶりの地頭 

今日は夜の研究会。
「高砂」「是界」「道成寺」「生田」「富士太鼓」の5曲をを謡いました。

「高砂」は久しぶりの地頭をさせてもらいました。
今まで研究会で地頭をするときは一人だったのですが、今回から女性も一緒に謡うことになり、3人ついてもらいました。
1人のときよりはるかに心強いですが、やっぱり緊張してしまいます。

さて、
開始早々事故。
謡い始めて2句目でシテが絶句。
後ろからつけましたが、ちょいとあせりました。。。
「せっかくの地頭なんだから楽しめ」と自分に言い聞かせて落ち着かせ、なんとか無事謡い切ることができました。

ただ女性だと声の高さが合わず、右は高い音で合わせ、左は低い音で合わせるといった状態で自分の高さがわからなくなりそうになり苦労しました。
宝生流は男女混声でも上手く合わせる方法があるらしいのですが、どうするんでしょう??
なにはともあれ、もっと有無を言わさずグイグイ引っ張れる力量を身につけていかないといけません。

「道成寺」は鐘が上がる場面から。
キリは何度謡っても猛烈な速さで大変です。
これ一曲で汗をかいてしまいました。

ここのところ地頭をつけてもらえるようになり、来月は「東方朔」、再来月は「是界」を謡わせてもらえることになりました。
まずは正確に。
そして威勢のいい謡にできるよう頑張らないと!!

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安宅の関 

大河ドラマもヤマ場。
いつも見てるというわけじゃないけど、今日はずっと見た。

勧進帳は「おいおいやりすぎだよ…」なんて思ってみていたけど、義経を打ちすえる場面はぼろぼろ泣いてしまった。。。
“利家とまつ”の柴田勝家にも泣かされたけど、やっぱりマツケンはいいなぁ。
石橋蓮司も今までにない富樫を演じていて、渋くてかっこよかった!
あの涙は気圧されてというものだったみたいだけど、非常によい効果になっていたし。
前に反町演じる信長が、利家に圧倒されてしょっちゅう涙目になってたのは、「なんだよこれぇ」だったけど、こういう涙はいいですぇ。
どうも僕は義理人情系のものに弱いらしく、なんだかんだいいながら毎年大河を見ては泣いてしまう。
たぶん来年もやられてしまうんでしょうな…。

最後、遺跡を巡る義経紀行(だっけ?)で、
「歌舞伎の勧進帳の舞台となった…」とアナウンサーが言ってました。
そりゃ、確かにそうですけどー。
なんだかなーー。

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27歳にして… 

「足長いですねぇ」
と今日も違う人に言われた。

昨日の師匠もまんざら疲れていたというだけではないらしい。

そういえば最近、ズボンの丈がみんな中途半端に短くなってきたような気がしていた。

まさか、この歳になって再び成長し始めた…??

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フラフラな日 

「キミ、後ろから見ると好青年だよねぇ」

とは、今朝研究会に行く途中に僕の背後にいらした師匠のお言葉。
追い撃ちをかけるように、

「なんだか足が長く見えるんだけど…、疲れてるみたいだわ」

ですって。
失礼しちゃう。

でも今日は師匠に限らずみんな妙なテンションでした。
その原因は、稽古能でやる「雨月」
非常に遠い曲です。
だって挨拶代わりにみんなため息ついてるし…。

この曲、非常に風流な曲で、謡い込んでいくと味があるのですが、昨日定例能があったりなんだかんだと忙しく、うろ覚えな状態でした。
結局はなんとか謡いきりましたが、この時点で結構体力を使ってしまいました。

むしろ問題は次の「黒塚」
女性が地謡だったのですが、ワキ謡になっても誰も扇を取ろうとしません。
あれれ、と思ってキョロキョロしているとなぜか僕に「謡え!」の視線が。
あわてて謡い出したら、「道成寺」になってしまいました…。
確かに始まる前に、僕のことがなんだか話題になっていて、彼は若手の研究会でよくワキ謡を謡ってるから、なんて話をしているのは聞きましたけど…そりゃないよーっ!!

ハプニングはまだ続く。
次の「生田」
何となく座ったらそこは副地頭の位置。
お囃子方も待ってらっしゃるんで、そこで謡うことになりました。
でもこれは正直言って楽しかったです。
早くこういう位置で謡えるようになりたいデス。

その後、装束の点検や事務仕事を終えて今度は国立で囃子の稽古。
「雨月」のアオリを受けて、ほっとんど見てません。
小鼓は「松風」大鼓は「清経」です。
でも「松風」って大変。
おまけに何だか手付けが怪しく、どうもかみ合ってないような気がするし。

焦りながら国立へ着くと、「松風」は難しいから後回しにしたほうがとのアドバイスが。
手付けを見せていただいて急遽「胡蝶」に変更。
太鼓物の大ノリ地なので比較的覚えやすいのですが、さすがにこの短時間はきつかった。
人間、思いっきり脳みそを使うと、それだけでフラフラになることができるんですね。。。

やっとこさっとこ小鼓が終わって、大鼓に行こうとすると、
「先生、お疲れだからもう帰りますって」と職員さんが。
助かったぁーーー!
じゃないな、いやはや残念無念。

いや、正直助かりました。
しばし控え室で放心状態になってから帰りました。



ちなみに、
夜銭湯でのぼせてしまい、もう一回フラフラになってしまいました。。。

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鐘作り 

来月に迫った先輩の披き(初演のこと)である「道成寺」の鐘を作りに行ってきました。
作り物(大道具のこと)は通常当日に作るのですが、これに限って前もって作っておきます。
なぜかというと、ひじょーに時間がかかるからです。
普通は30分もあれば出来るものがほとんどで、面倒な花見車で1時間、「国栖」の舟でも2時間くらいあればできます(ただし他流にある「輪蔵」については知りません)。
今日も13時に開始し途中休憩をはさみ終わったのは18時近くになっていました。

今日はその骨組みとなる竹を切ってきて…、なんてことはさすがにありません、通常は。
通常はというのは、金春流にはお一人自ら竹を編むところから始められたという先生がいらっしゃるからなのですが、それは特別です。
国立能楽堂にはその骨組みが2組あり、今回は重いほうを使うことにしました。
その重さは約80キロくらいだそうで、これを加工して出来上がったものにすると更に5~10キロくらい増えると思います。

さて実際にどう作るかといいますと、流儀によっては秘伝というところもあるのであまり詳しくはいえませんが、簡単に言いますと、この骨組みに普段、庵などを覆っている引きまわしという長方形の布をめぐらせぴーんとはった状態にして縫い付けるというものです。

縫い付けはすべて手作業で行います。
その際縫合がきれいになるように“外科縫い”という縫い方をします。
これはちょっと手間がかかるのですが、縫い合わせた箇所の糸が外に見えなくなるのです。
でも僕はまだ不慣れでちょっとギザギザに。
当日見所から見えることはまずない、とは思いますけど…。

こう書いていると「道成寺」についてはかなり書くことがあるので、折に触れていろんなことを少しづつ書いていこうと思います。

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サッカー&稽古 

数日前。
 “日曜日に「雨月」を一回謡ってみようと思うんだけど、どう?”
とのお電話。
来月に迫った特別公演でシテをされる先生からでした。
この曲は初めて謡うので是非是非!というところなのですが、」日曜日は先輩とサッカーを見に行く予定が。。。
買った券を使い切るラストチャンスなのです。
ちなみにそれがこれ。
20051120213553.jpg

5枚綴りの回数券のような(正確には違う)もの。
去年は1枚残してしまったので今年こそはっ、と。

数秒思案の後、時間的には間に合うので両方行くことにしました。
ただし、いつものようにずーっと立ちっぱなしで声を上げての応援はやめ、酒もなし、終わったあとの祝勝会(という口実の飲み)は我慢することにしました。
とはいえ試合は見事な勝利に終わり、結構叫んでしまいました。

阿部が帰ってきてから本当にチーム状況はよくなった、今日も決めてくれたし。
で、今野はまたいいプレーする!!
ボランチとしてバシバシ球拾ってくれるし、アテネ以降攻撃参加もすごくするようになったし。
ノリオは笑かせてくれるし…。
(以上、ちょっと独り言)


その後19時から中野で稽古。
先生は非常に繊細かつ気合の入った謡をされる方で、お稽古していただくと非常に疲れますが非常に勉強になります。
師匠も常々ご自分の父君とこの先生のよいところを合わせた謡を目指したいと言っておられるくらい。
この先生の息子さんが僕より1つ上なのですが、来月にその彼が地頭を勤める「生田」も一緒に謡い見ていだきました。

しかし、遊びに行った後だったせいか、足がだるくていつになく痺れが早く来てしまいました。。。

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無心と無我夢中 

今日は大鼓の稽古
「鉄輪」を謡ったところ、今日は無難に。
この曲は先月相当謡い込んでいたから、昨日2回ほど見直しただけだったけど、謡えるな、という感じがありました。
ということは、最近の絶句病は稽古が足らなかっただけということ。

ただ最近絶句するときというのは、突如くるのではなくなんかジワジワくるという感じがするのです。
ジワジワというのは、ふと次の文句を考えていて、えーとなんだっけ、う~んとう~んと、あぁわかんない!! という感じ。
なんか気持ちが集中しきれていないときに起きてまうようなのです。

その点、今日は先に「桜川」を打って声が枯れかかっていたので、とにかく最後まで謡いきらなきゃというので精一杯だったのが逆に集中できる要因だったのかも知れません。




でも、そういう外部的というか偶発的な要因で集中できるというのでは、プロとしてまだまだ未熟だということ。
自分の力で常に同じようなレベルの度合いに集中できるようにならないといけないはず。

「無心でやりました」なんて言葉は時折耳にする。
でもこの「無心」は実は相当幅が広く使われてしまっているのではないか。
「無我夢中」というのと本当の意味での「無心」というのは天と地の開きがある。
前者が外部的な要因であるのに対し、後者が内部的な要因よってなる。
外観的には非常に似通っているかもしれないけど、内側の成熟度合いが全然違うのだ。
世阿弥の言う「離見」というものは後者の、それも相当レベルの高い状態を言うのではないだろうか。




…なーんてことを考えてしまいましたです。
もう鬱からは復活!!
病は気からではなく、気は病からだったようでちょっと風邪気味だったのも凹みの原因だったようです。

さー、がんばらなくちゃ!!

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絶句病 

今日、小鼓の稽古で「芦刈」を謡っていたのですが、今までなんの問題もなかったところで突如言葉が出てこなくなってしまいました。
結構謡い込んでいったのだけど…。
最近どうもこういうことが多いのです。
稽古不足なのか、疲れているのか、脳に障害でもあるのか…。



ちょっと鬱。

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初めての整体 

疲れがたまってくると決まって腰の右側が痛くなってきます。
能の動き自体は体にいいものだと思いますが、長時間正座していたり、ツレで片膝立てで1時間以上座っていたりすると相当体に無理をかけることになります。
妹がかかりつけのカイロプラクティックを予約してくれたので試しに行ってきました。

全然知識がなかったのですが院内の説明書きを読んでみると、アメリカで出来たもので、背骨や骨盤の矯正をすることにより健康的な体を作る、といったもののようです。

ちなみにここのパンフレットの挿絵は妹が書きました。
妹は高校から1時間半かけてデザイン系の学校に進み、大学は美大にいっています。
僕が言うのもなんですが、コミカルな絵を描かせるとときどき「おっ!」というものを描きます。
ただこの挿絵はなんでか苦手なのです。
別に何が悪いということはないし、挿絵としてはまぁ普通といったところです。
この中にある犬の絵をみると、ものすごく悲しい気分になってしまうのです。
もちろんパンフレットという趣旨からしてそんな悲しい絵を描いているわけではないし、妹もそんなことを意図してはいないのです。
でも最初見たとき強烈にそう感じて、今日それ以来久しぶりに見ましたが、やっぱりどうもダメ。
なんでだろう…?

さて実際に診ていただくことに。
先生からそれぞれ片足で立ってみて下さいと言われそうしてみると、左の骨盤が動いていないとのこと。
ベッドにうつ伏せになり全身をほぐしてもらっていると、右足の太ももからふくらはぎにかけて激痛が。
どうやらここが原因で体のバランスが崩れているようなのです。
たっぷり1時間診ていただいたら、体の後ろ半分がぽかぽかしていました。

帰り道歩いていると、なんだか自分の足ではないみたい!
でも両足がちゃんと地面を蹴っているしっかりした感触。
それまで荷物を左手で持つと違和感があったのですが、これも解消されていました。

1回5000円とちょっと値が張りますが、体が資本の仕事。
体のメンテナンスも仕事のうち、かな。

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今年最後 

日曜日は金春会でした。
年8回行われるこの会は、今回で今年最後。
毎年そうなのですが、回数券を使いきることもあってか11月の会はかなり大勢のお客さまがいらっしゃいます。
おかげさまで今回も600近くある席がほぼ一杯になりました。

以前書いたとおり2番地謡を謡いました。
「通小町 イロエノ働のシテは師匠のお父様、地頭は師匠という組み合わせ。
シテ、深草少将の面は痩男ですが、今回は宗家蔵の面を使われました。
3面持っていって選んでいただいたのですが、一番強い表情の物を選ばれました。
正直、少将というイメージからこれを選ばれることはないだろうなと予想していました。
しかし、このシテというのは自分を見放して成仏しようとする小町執念で追いすがってくるのだから一番強い物がいい、というのが師匠のお父様の見解でした。
実際舞台上で見てみると非常にいい雰囲気になっていて、先輩も同じように思ってか、後で「装束つけて舞台に立ってみないと能面ていうのはよくわからないね」なんて話していました。

次の「初雪」は以前にも書いたとおり、金春流のみに伝わる曲です。
1時間弱と短い上演時間のため、中ノ舞は五段の演出になっていました。

そして今年のトリ「野守」を目一杯謡いきって今年の金春会は終了。
3曲とも短い曲だったため、12時半に始まって16時半前に終わりました。

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結婚式で… 

土曜日、大学の同級生の結婚式がありました。
新郎とは学部が一緒という以外接点なし。
なのに入学3日目で仲良くなり今に至るという不思議な縁です(以前熱海旅行のときに書いたグループです)。

新郎・新婦はともに山梨県警の警察官で、研修で同期だったとのこと。
昨年、新婦にも一度お会いましたが、非常に感じのいい人でまさにおしどり夫婦。
一年経ってもその様子は全く変わっていないようでした。

さて、結婚式といえばワタクシの出番です。
「今回も何かやって」と言われていて、会場の様子を見て舞うか謡うか決めるということにしていました。
なるべく乾杯前に、というのが理想ではありますが、なかなかそうはいかないのが実情。
ただし乾杯後のスピーチのトップに配慮してもらえました。

が…。
今回は未だかつて体験したことのない状態に。
乾杯後5分程度でもう僕の出番になってしまいました。
当然、飲み始めで場は右肩上がりに盛り上がるところで、「早すぎないか??」と思いましたが、まぁ終わるまでお酒も飲めないし食べ物も食べられないから(酔いがまわると息が浅くなり、物を食べると唾液が出て上手く謡えなくなるため)早いに越したことはないかと思っていざ前に。
しかし全く静かになる様子はなし。
しゃべり始めれば落ち着くかと思いきや、簡単にスピーチを始めたものの全く変化なし。
見かねた新郎がマイクを取って沈静化を図るという事態になりましたが、それもあまり効果はなし。
とにかく区切りをつけるしかないので「高砂や~」を謡いました。
マイクなしでやってみたところ、100人規模のホールにしてはかなり響いた感じがしました。
少し静かになったものの、なんとなく…という雰囲気で終わってしまいました。
こういうときはとにかく短くと思って、スピーチ含め3分ちょいで切り上げました。

続いて新郎新婦の中高時代の恩師からお祝いの言葉がありましたが、これも喧騒のなか。
それでも頑張ってそれぞれ7,8分話しておられましたが、お気の毒。

良い悪いではなくて警察というのはこういうことなんだろうな、と一緒に来た友人と話していました。
乾杯後すぐビール瓶持ってあいさつ回りというのが結婚式ではプライオリティーとしては第一になるようなのです。
新郎のお父様も警察官なのですが、やはりスピーチの間中ビン片手に走り回っていらっしゃったし。
悪気があるわけではなく、これがきっと普通なんだろうなーとなんとなく理解できました。
ただ、新郎はやはり気まずかったらしく、終わったあとも翌日もお礼がてら何度も「すまなかった」と。
いやいや、こうした中で謡うなんてことはそうないので、いい経験になりました!!


んー、でも僕の謡がもっとすごかったら、一瞬で場を静めることができたのかなぁ…。

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収入はない割りにそれなりに忙しい日々。

木曜は事務所に行って、装束出して、大鼓の稽古して、申し合わせ。
大鼓は「百万」
今回から序ノ巻の次、天ノ巻に突入し、舞囃子だてになるため結構長くなります。
その後本舞台で「通小町」「野守」の地謡。
通小町は“イロエノ働”という小書(特殊演出)がついたのですが、聞くところによると明治時代以来の上演だそうです。
僕は見たことがないのでわかりませんが、観世流の“雨夜ノ伝”の小書に似ているとか。
舞台は彦根以来ちょっと間が空いたので、正月明けの舞台でよく感じる違和感みたいなのがありました。

翌、金曜は小鼓と太鼓の稽古。
小鼓は「生田」
金春流は最近まで類曲「敦盛」がなかったため、この曲はわりとメジャーなのですが、他流では相当な稀曲だそうです(たぶんシテの出番が少ないのと、子方が大変なため)。
小鼓の先生も何十年ぶりだったそうです。

問題はそのあと。
「殺生石」を謡っていたのですが、終わって猛烈に怒られてしまいました。
原因は指。
無意識のうちに、謡いながら指で拍子をとってしまったのです。
これは囃子方からすると非常に目障りな上、失礼にあたる行為になってしまうのそうなのです。
以前師匠からもそういう癖があるね、ということは指摘されていたのですが、ついに囃子方の先生の逆鱗に触れてしまいました…。
でも、若いうちによくないことはよくない!とちゃんと言っていただけることはありがたいことです。
ちょっとヘコみましたがいい機会となりました。

太鼓は最近月一ペース。
先月忙しかったため、き、記憶が…。
もうちょっとしっかり稽古せねば。。。

明日(といってももう今日)は友人の結婚式で甲府に。
朝六時半起き…、ってもうこんな時間!!!
寝なきゃー。

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10年ぶりのメガネ 

先週のある朝、
「パリーン…」
なんて音はしなかったけど、コンタクトレンズを割ってしまいました。
さて、こまった。
裸眼だと0.1を切る視力で、もう何が何だかわからない状態になってします。

僕はコンタクト(ハード)の相性がいいらしく、初めてつけたときもあまり痛みを感じませんでした。
度を調整するとき、30分くらい試しつけみたいなのをしたのですが、そのときも平気でグーグー寝ていたら、お医者さんから「そんな平気でいられる人初めて見た」なんて驚かれてしまいました。
しかし相性が良過ぎたのか外すときが大変で、眼鏡屋の店員さん総動員でいろいろ手を尽くしても1時間近く外れず、僕の目尻は引っ張りすぎて真っ赤になってしまいました。

というわけで(どういうわけだろう?)コンタクトを一日も欠かさず着けていたので、それがなくなるととっても困ります。
幸いにもその日は一日オフだったため仕事に支障をきたすことはなかったのですが、手元にメガネもありません。
とりあえず実家に高校生のときに使っていたメガネがあるはずなので、すべてが霧とガスの混合状態という視界のなか出かけました。

実家でしばらくさがすと、おおあった!
かけてみるとそれなりに見えます。
じゃ、これをかけてコンタクトを注文に出かけよう…と鏡に自分の姿を映してみると、
オタクぢゃん!!
オフということもあって髪型ももっさり適当、そしてこのメガネかけると…、もっとボサボサ頭にして、ヨレヨレのネルシャツ着て、リュックサックをしょえば確実に秋葉原に同化できるわ…。
結局何にも見えない状態で下北に向かい、すぐできる眼鏡屋で作ってもらいました。

20051108001807.jpg

上がそれ。
下はかけるとオタクになってしまうメガネ。
いや、メガネに罪はないか。

結局メガネで3日間過ごしました。
久しぶりでなかなかなれず、下を向くとぼわーんと見えて怖いし、買い物行くと商品がみんな小さく見えてびっくりしたりと大変でしたが、周りからは案外好評でした。
これからもときどきかけてみようかな♪

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ご報告 

朝起きたら、足腰が猛烈にだるい。
昨日はそんなでもなかったのに。

以前、ここで書いた序ノ舞10番勝負を昨日やってみました。
(正確には初段・二段抜きのものがあったので10.3番くらい)
時間は2時間半ほどかかりました。
序ノ舞のMDをあるだけ見繕ってランダムにかけていきました。
やった曲は「羽衣」「小塩」「六浦」「誓願寺」「野宮」「井筒」「葛城」「定家」…えーっとあとなんだったか、2回やった曲もあります。

序ノ舞ってあれだけゆっくり舞っているように見えるのに、やってみると案外忙しかったりします。
「羽衣」などさらっとしたものは、優雅になんて思ってあんまりのんびりやっていると囃子においてかれそうになります。
「井筒」「野宮」など本三番目物と言われるものになるとだいぶしっかりしてきます。
10番目に当たったのが図らずも最も重い「定家」でした。
疲れていたというのもあったのかもしれませんが、この曲だけは逆に時間を持て余してしまうような感覚がありました。
たぶんハタからみるとただノロい、のペーっとした舞になっていたのではないかと思います。
さすが準老女(金春流では特に重い習いとなっています)といわれるだけある。。。

終わってさすがにぐったりとなりました。
しばらくは足がガクガクしてしまうし。
でも限界という感じにはなりませんでした。
もっと集中しないと。
能を一番舞ったときのような、あの精神的な疲労がないというのは、まだ集中力が足りないということなんでしょう。
本当に集中していれば三番も舞えばもうヘロヘロになるはずです。

でも、必ずしも量より質かというとそうも言い切れないような気がします。
この10番舞った中で曖昧だった部分を固められたし、まとめてどーんとやってみるのはそれなりのメリットがあるなというのは体感できました。
そう、かの梅若六郎先生も「最近の若い人は絶対的な稽古量が足りない」なんて書いておられたし。

大事なのはこれで終わらないこと。
舞というのは複雑なように見えるかもしれませんが、パターンが飲み込めると数回動けば覚えられてしまいます。
一方謡はパターンはあるものの、むしろそれが仇となってまったく違う曲にとんでしまったりと、しっかり暗誦するというのは相当骨が折れます。
そのため最近はどうしても謡の稽古に比重が重くなってしまっていました。
謡ももちろんですが、舞は覚えてからどれだけ舞い込めるかが勝負です。
来年は若手が結集する東西合同養成会でも舞う機会があります。
これからも時間を見つけて、集中的に舞い込む稽古を続けていかねば!!

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