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職業病? 

とある学校での公演。
僕は「羽衣」のシテです。
もう後半に差し掛かっているのに、なぜか着ているはずの長絹が目の前に。
慌てて後見に着せてもらいますが、着た途端につゆ(長絹に付ける紐状の飾り)がぽろぽろと落ちていきます。
落ち着け!と自分に言い聞かせて舞おうとするのですが、どう動いていいのかさっぱりわかりません。
本番でお客さんが見ている中、地謡や後見から「右!」「前!」「まだ!」と怒号が飛びます。
ボロボロになりながら舞い終え、その学校の先生から「今日の曲はとても高度な曲だったのですか?」と聞かれ「いえ…」としぼり出すように答えました…



はっ!!
夢か…。

すっごくリアルで「もうこの仕事やめようかな…」と本気で凹んでいるときに目を覚ましました。
どうやら鼻が恐ろしく詰まっていて苦しかったのが原因みたいですが、いやーとにかく怖い夢でした。。。
念のためベッドで「羽衣」の舞順をさらってみましたが、よかった、ちゃんとわかるー。

職業病とでもいうべきか、こういうおっそろしー夢ってときどき見るんです。
前は楽屋に着いたら「今日、三輪のシテだけど聞いてるよね?」といきなりいわれ、どーしよー胴着(装束の下に着込む綿入れのようなもの)持ってきてないよぉー(泣)という夢を見ました。
どうして暗誦よりそっちの心配が先にきたのかはよくわかりませんが…。

どうもこういう症状は僕だけじゃなく、舞台に立つ人間は一度は経験するようです。
何を舞うのか全然わからないのに、なぜか面装束を着けて幕の前にいるとか、そんな夢を見た方もいらっしゃいました。

絶対正夢になって欲しくない夢です。。。
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集中力テスト 

事務所で「金春月報」発送のお手伝いをしたあと国立へ。
今日は3科目ど~ん!の日です。

最初の科目は比較的無難にいったのですが次からピンチ。
2つ目はやっとこさ。
そして最後。
もうこの時点で到着してから3時間経過。
疲れが出てきて集中も切れ気味。
それでもちゃんと稽古してきたし大丈夫だろう、と思っていたのですが。

稽古室に入ってまず「こんにちは」とご挨拶。
そして先生の前に進み出て「宜しくお願いいたします」とご挨拶。
!!
顔を上げようとしたそのとき…
せんせー、ズボンのチャックが全開ですー!!

言うべきか言わざるべきか悩んでいるうちに稽古へ。
始まっちゃったらしょうがない、集中集中!
と、言い聞かせるものの、ちょうど視線の先に先生が。
目のやり場に困るなぁ、なんて思っているうちにミス。
立て続けにミス。
いかんいかん、立て直さねば!と、後半に入ってなんとか持ち直しましたが、決して出来がよかったとはいえません…。

想定外の出来事ではあったものの、舞台上では何が起こるかわかりません。
これしきのことで動揺してしまうようではまだまだ稽古が足りません。

次回はカンペキを目指しますっ。

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テレビデビュー 

でも僕じゃなくて。
おまけに過去形。

このブログにもときどき出てくる妹が、です。
昨夜のNHKの首都圏ニュースのなかでチラッと映ってました。
杉並区での障害児童向けのパソコンソフトの開発に、デザイン担当として先輩・同級生と一緒に参加しているそうです。
その取材とのこと。

画面にそのソフトが映ると「お、あいつの絵だ!」というのがすぐわかります。
インタビューも受けていましたが、口慣れない敬語をしゃべっていてテロップできれいにまとめてもらっていました。

このほかにも杉並区の仕事をもう一つ、東大から抜擢されて依頼された仕事もあるんだとか。
んー、やるな、あいつ。

(最近妹の話題が結構多いからカテゴリーに追加しよっかな)

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もつべきものは恩師かな 

今日は一日動き回りました。

朝、師匠の稽古。
その後実家に寄って少し稽古して昼食。
午後、出稽古。
夕方、国立の稽古(でも先生が外出して結局帰ってこられなかったのでナシ)
夜、荻窪で「氷室」の稽古。

地元の駅に帰ってきたのは21時半頃。
ああ、今日は冷凍食品4割引の日だ!とスーパーに寄ってみたものの時間が遅いせいか品薄。
冷凍うどん一個だけ持ってレジに並んでると携帯がブルブルいってます。
面倒なのでほっといて店を出てから着信履歴を見てみると、見慣れない番号が。
メッセージがあるので聞いてみると中学時代の恩師。
「また頼みたいことがあるんだけど」ということでした。


この先生について少し。
当時国語科の先生で、別に担任になったことは一度もないのですがたぶん一番仲の良かった(なんて言い方はちと失礼ですが)先生。
自称〝趣味の教師〟というちょっと変わった方で、授業中いきなり、
「カツ丼…。天丼、親子丼…。みなさん、カツ丼って力強い響きがありませんか?カツ丼、うん、カツ丼…」
とかなんとかで50分授業のうち40分つぶれたこともありました。
こんないいかげんな、もとい、楽しい授業ばっかりだったおかげで、新入生が楽しいと感じた授業アンケートをしたところ体育や音楽をおさえて男女ともダントツのトップになったのでした。

国語は結構好きな科目だったので、授業中キレのある質問(だったかどうかはわかんないけど)をしてみたり、文章読解では誰も考えないような(へんてこな)意見を出してみたりしてました。
毎回定期試験が終わって答案が返されると、答え合わせのあと「これはこの答でも間違いじゃない!」とか教卓で論戦を申し込みにいったり。
(実はテスト中に「ははーん、これはこう答えさせたいはずだけど、この答でもいけるはずだ。そのときの理論はこうで…」とか考えながら解いてました。我ながらヤな生徒…)

そんなこんなしているうちにどういうわけだか親しくさせてもらっていました。
僕が卒業してからもしばらくは母校で教鞭をとられ、大学に入学したある日ばったりと遭遇。
法学部に入りました、なんてお話になると、
「裏切りましたね…」とか言われました。
やっぱり変な先生のまんまでした。

その後大学を卒業してから同窓会でお会いしました。
先生は教頭になっていました。
仕事のことやらお話したところ、そのうちなにかあったら頼むということになり、程なく一度講座のようなことをさせていただきました。


それ以来、3年ぶりです。
家に帰り手帳を開いて早速お電話してみると、やはり講座をということでした。
先生は板橋の中学から江戸川の方に移られたそうですが、その前任校からまたアレをということになり、先生がそのパイプ役となったわけです。

正直、前回の講座はイマイチでした。
始める前に校長と体育教師が怒鳴りまくって、生徒達は水を打ったようにしーんとなりテンション下がりまくりになってしまいました。
そこから楽しげな雰囲気に持っていくには結構時間が掛かり、最後のほうは何とかなったものの、総合評価としては手応えの薄い感じだったのです。
そういう過去があったので、もうこのラインからの仕事は難しいかなと思っていました。

それが今日の電話!
「こっちの学校でも、また何かあったら宜しく頼む」とも言って下さいました。
いやー、もつべきものは恩師!
こういった機会を与えて下さってありがとうございます。
いい講座にできるようがんばるぞ~っ!!

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伝えていくということ 

今日は一日オフ。
平日におやすみなんて…、ああぜいたく!!

のんびり洗濯物を片付けたりしていると実家から電話が。
師匠のお父様からお電話があったからすぐ掛けなおして、とのこと。
お電話してみると、製作中の月ノ巻の原稿に大きな間違いが1箇所あったのと、業者に来てもらうことになったから昼にでも来てくれないか、ということでした。

ひえぇー、大きな間違いってなんだー??
急いで既刊の雪ノ巻を取り出して体裁を再確認。
1ページ1行16文字で8行構成、これは何度も確かめたので間違いないはず。
とりあえず全部やり直しということはない、とは思うのだけど。。。

午後先生のお宅へ伺ってみました。
問題の箇所。
謡の順序が違ってる…(汗)
原稿は非常にアナログな切り張り作業で行っています。
その結果、詞章が途中で入れ替わってしまったということ。
幸い怪我は浅く、2行ほど作り直せば何とかなりそうではありました。
とはいえ能楽師としてはやってはいけないミス。
でもー、でもでもー、「西行桜」なんて謡ったことも見たこともないもーん(泣)
…つまるところ、自分の勉強不足です。

気を取り直して、他の懸案になっていた箇所についてご相談。
一冊、本を作ろうとするとなかなかに大変なものです。

業者の方は今日の一大ニュースとなった電車事故のあおりを受けて遅れているとのこと。
その間をついて、この原稿を作る過程で型付を見てもわからなかった箇所をすかさず質問。

なるほど。
動き方はわかりました。
でも曖昧になっているこの箇所についてはこのままでということになりました。

それには理由があります。
あまりにかっちり書かれていると先生が教えるときに困ってしまうのです。

金春流は小さな流儀ですが、各先生によって微妙に型が違ったりしています。
なんだまとまりがないのか、と思われるかもしれませんがそういうことではないのです。
連綿と続いてきた能楽の歴史の中で創意工夫がなされ、本当にわずかな差であっても、そこに今まで生きてきた能楽師の努力と研究が詰められています。
いろいろな違いを認めていきながらも流儀の主張を継承をしていくほうがはるかに難しいのではないかと思います。

先生が日本のある楽器を例にお話してくださいました。
その楽器の世界では一人の天才が現れて、五線譜で表現できるようにした。結果、その楽器は非常に普及することができた。けれど五線譜上に表わせず消えていった音があるのではないか。
ということでした。
先生はそれがよいことだとが悪いことだとかというのではなく「むずかしいね」とおっしゃっていました。

以前、謡についての解説を書きましたが、和吟はあのように一応音階で表わすことはできます。
でもその項でも書いたとおり、所詮雰囲気でしかないのです。
システマティックにできれば習う側としては非常にわかり易い。
でもどうあがいても限界があるのです。
まして強吟にいたっては、今現在雰囲気すら初めてのひとにもぱっとわかる表記法はありません。

「そういったことがあるから能はなかなか拡がらない」
と先生。

うむむ…。
やっぱり子供が言葉を覚えるのと同じレベルで、能を感覚的にわかるようにしていくのが一番かと思うのですが、それだけでは足りません。
ややこしいもの、ぱっと見にわからないものは敬遠するという日本人に蔓延している意識をなんとかして払拭していかねばならないのではないでしょうか。
そのためには能をもっと魅力的なものにすべく日々稽古を重ねて……、

あ、結局いつもの結論になってしまった。。。

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副社長就任? 

宅稽古のあと、両親と祖父の見舞いに行ってきました。
母方の祖父なのですが、昨年から神奈川県にある温泉病院というところに入院しています。

高速道路で飛ばして1時間ちょっと。
山奥の静かなところにありますが、外見は立派なホテルのようなつくりになっています。
時間を作って行こうと思っていたもののなんだかんだとあって、お見舞いに行くのは今日が初めて。

祖父の病室のあるフロアに行くと、患者さんたちの写真が張ってあります。
ぱっと祖父に似た顔が目に入ったのですが、いやいやこんなに老いた感じじゃないはずだなどと思いながら部屋に向かいます。

叔母夫婦が先に来ていました。
そして1年ほどぶりに会う祖父。
一瞬、目を疑いました。
あの写真はやはり本人でした。
白髪交じりだった髪は完全な白髪になり、入れ歯を入れてないせいもありましょうが顔はずいぶんと細くなり急に10歳くらい歳をとったような感じです。

去年祖父の家に行ったときは、もちろん80を過ぎているので歳はとったとは思いましたが、まだまだ元気な様子。
ただ同じことを繰り返ししゃべったり、
「4時になったらばあさんが帰ってくるから」
などと言っていました。
祖母は僕が高校1年のとき、10数年前になくなりました。
わかってはいるけど淋しいのか、あるいは少しそういった症状がでてきたのかなと、そのときは思いました。

「あんたが行ってもわかんないと思うよ」
母からはそういわれていました。

祖父には母を含め子が3人。
みんな女です。
次女・三女、つまり叔母が先に嫁ぎそれぞれ2人ずつ子供が出来ましたが、やはりみんな女の子でした。
その4人目が生まれてから2年後、祖父の家で初めての男の子が僕だったそうです。
祖父はそれは喜んで、産婦人科から家まで、
「もうかった、もうかった!」
と踊りながら帰ったそうです。

そんな僕を祖父はとても可愛がってくれました。
年に数回しか来ない僕のためにブロックやら、プラレールを用意しておいてくれたり、川に釣りに連れていってくれたり。
原付に一緒に乗せてくれたり(今考えると道交法違反じゃないのかな?元警察官なのにー)。

僕のことはわかるはず、という期待むなしく、1時間ほどいましたが、ついぞ僕の名前は出てきませんでした。
なにやらメモ帳にしきりと字を書いていて、祖母の名前やら親戚の名前を書いていたようでしたがそこにも僕の名前は記されませんでした。

乱暴な表現ですが、極めてストレートに言ってしまえば、ぼけという症状です。
脈絡のない話ににこにこと付き合って話をしている、叔母夫婦と両親を見ながら、僕はただ突っ立って祖父を見つめていることしかできませんでした。
そしてなんとなく悲しい気持ちになってきました。

叔母夫婦は先に帰り、うちもそろそろとなってきたころ、母が祖父に尋ねました。
「この子誰だかわかる?」
祖父、
「わかるよー」
と自信たっぷり。
「ヒタチだろ」
???
「日立製作所の副社長。社員はあいつとそいつと…」
と、父も僕の部下になっているようでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

悲しいなんていうのは極めて自己中心的な感覚です。
いやそもそも感情というのは、自分のためであって他人のためであるはずはありません。
なぜなんとなく悲しいと思ったのか??
自分のことがわかってもらえなかったことが残念だから?
祖父の急に老いた姿がかわいそうに思えたから?

はっきりいってどちらも祖父からみれば大きなお世話です。
いいじゃない、副社長で。
ヒラ能楽師からずいぶん昇格したもんだ!

僕のことをわかってくれなくても、おじいちゃんはおじいちゃん。
事務所を退職して、これから平日一日暇な日もあります。
今度はどこの会社のどういう役職にしてくれるのかな?
あるいは自分の警察時代を思いだして部下にしてくれるかも。
(ちょっと気に入らないことがあると、逮捕する!なんて言うのだと看護婦さんが笑いながら話してくれました)

今度は一人で来るからね、おじいちゃん。

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一夜漬けは向かない体質 

昨日は夕方出稽古に行っていたため国立の稽古に行けなかったのですが、留守電に「大鼓、明日に変更になりました」とのメッセージが。
おぉー欠席にならずに済んでラッキー!と思ったものの、もうすっかり稽古は来週という感覚でいたので、慌てて「熊野」を詰め込みました。

結果。
これだけミスしたのは久しぶり。
辛うじて「もう1回!」ということにはならなかったものの、うーん…。

僕は一夜漬けというのがダメ。
やっとこさ覚えた状態だと、ふと予想外の手がきたり、何か一瞬気がそれたりするともうそこでメロメロになっちゃったりします。
できれば、寝ぼけてても、テレビ見ながらだってできちゃうくらいにしておきたい。
たかが稽古、されど稽古。
舞台に立てる機会が少ない僕にとっては、稽古は「こいつ頑張ってるな」と先生に思ってもらえるかもしれないチャンスなのです。
そう考えると、今日はイカンかったなぁ~。

もう1科目、小鼓。
今日から男舞物、「小袖曽我」
手付けにはサシからになっていたんですが、舞囃子はクセの後からとなっていたのでだいぶ量が減りました。
助かりや、助かりや~。
これでラクチン!と気が抜けたか、何でもないところでミスってしまいましたが…。

今日は小鼓の先生が「みんなお腹空いてるだろうから」とパンを差し入れて下さいました(ご馳走様です♪)。
やれやれ終わったとサンドイッチをほおばっていたところ、幸流の先生がいらっしゃって「謡えー」と。
小鼓は大倉流をとっているのですが、名前が偶然おんなじだったせいか覚えていただいてときどき謡わせてもらっています。

曲は「鶴亀」「葵上 枕ノ段」
枕ノ段は緩急に富み、一曲のなかで最大の聞かせどころ。

こちらの先生、非常にユニークな教え方をされる方で、最初は吹き出しそうなのを我慢するのが大変でしたが、よくよく聞いていると非常に興味深いお話をしてくださいます。
謡っていてこちらがちょっと仕掛けると、敏感にアシラって(大小や太鼓などを打って謡を囃すこと)下さるのでついついむきになって謡ってしまいます。
枕ノ段は都合5回くらい謡いました。
謡っている最中は気を張っているのでなんともないのですが、稽古室を出るとやはりぐったり。

今日は履修している大小の稽古で「松風」「草紙洗小町」(流儀によって草子と書きます)も謡わせていただきました。
量的にはそんなでもないですが、やっぱり気合を入れて謡うと結構きます…。

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事務所出勤最終日 

今日で円満井会(えんまいかい)の事務所を退職しました。

大学卒業間近の平成13年3月から、卒業してすぐは食べていけないし、いろいろと勉強にもなるだろうからということで、師匠が骨を折ってくださり勤めることになりました。
ただあまり長く居過ぎるのは良くないと思い(前任の先輩は10年勤めていました)、初めから5年をメドに、ということにはしていました。

さてこの事務所、初めて行ったときは軽めのショックを受けました。
かなりの年季物で3階立てなのに2階で雨漏りするというマンションなのです。

ここで事務長と2人で勤務。
事務長は某大手企業の総務部長を定年退職され、前任者から数ヶ月前に引き継いだばかりでした。
気難しい人らしいということを聞いていたのですが、あまり気には留めていませんでした。
人生経験上、どういうわけか僕は年上の男の人には大抵かわいがってもらえる得なタチなようで、その調子でなんとでもなるだろうと思っていたのです。

しかし、そんな自信はあっという間に崩れ去りました。
慣れない仕事にミスを連発し大目玉。
それでも、まーたまたまミスっただけ、とあまり気にも留めてなかった僕に事務長もあまり良い感じを受けなかったのでしょう。
そんな態度がスパイラルに悪影響を及ぼし、みるみるうちに事務所の雰囲気は悪くなっていってしまいました。
僕はあまり怒りの感情はあらわにしないほうだと思っていますが(自分では)、事務長とは3回くらいえらい大喧嘩をしました。
穏やかではありませんが、正直、このジジイいつかぶん殴ってやるー!と思ったことも少なくはありません。

そして1年も経たないうち、早く辞めたいと思うようになってしまうまでになってしまいました。

何度か話し合いの場も持ちました。
しばらくはそれで収まるのですが、また元の木阿弥ということが何度か繰り返されました。

でも勤めて3年も過ぎた頃、ようやっと上手く付き合えるようになりました。
どこがどうと劇的に変わったことはないと思うのですが、お互いに相手のツボを心得てきたということだと思います。
特に最後の1年は非常にコンビネーションよく事務所を運営できたんじゃないかなと自負するところはあります。

彼からは非常にたくさんのことを教わりました。
PCでの事務処理など直接的に教わったことはもちろんですが、能楽師という特殊な職業ではわからない社会での一般常識みたいなものを喧々諤々やるなかで相当に叩き込まれました。
そして最も大きなことは、付き合っていく中で悩み考えたいろいろなこと。
これは僕の生涯で替え難い財産になるはずです。
絶対に上手く付き合えないと思った人と5年ずーっと顔を合わせ、ついには慰留されるまでに持っていくなんてそうそう体験できることじゃありませんもの。

今日は彼はおやすみの日だったので、昨日ささやかなお礼をお渡ししました。
日常会話の中で、最近流行りの都市型温泉によく行く、なんてきいていたので、深大寺温泉の入場券を2枚にしました。
大江戸温泉やラクーアも考えたのですが、値段的にかえって気をつかわせちゃうかななんて考えて。

退職してからも事務所にはちょくちょく行くことにはなります。
なので、挨拶をしようとすると「まー、そういうのはなしにしよう」といわれました。
「一応事務長と事務員という関係は今日が最後ですから」とお礼を言ってプレゼントを渡すと、孫にでも見せるような笑顔を見せて、何度もありがとうありがとうと言ってくれました。

本当にお世話になりました。
そしてこれからもお世話になります。

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足腰ぱんぱん 

朝起きると、アイタタ…。
昨日の研究会の疲れが足腰にきたみたいです。

「氷室」の前半はひたすらじーっとして謡うか、あるいは立っているだけという時間が長く続きます。
実はこの状態というのがいっちばんキツイ。
足を揃えて、膝をやや曲げた状態を維持して立っているというのは、見た目以上にハードなのです。
今回は能面を掛けないため平衡感覚を維持する点ではラクなのですが、それでも衆人環視の中舞台に立つというのは、緊張して普段の稽古より格段に力が入ってしまいます。
直後はまだテンションが上がっているため感じないのですが、だんだんと疲れが感じられるようになってきます。

どうしてもこういう職業をやっていると下半身が太くなってしまうようで、ズボン選びなどは困ります。
14キロダイエットした話は以前に書きましたが、ウエストはだいぶ細くなったもののお尻・太股まわりがほとんど落ちなかったため、サイズは1ランクダウンした程度でした。
ちなみに。
これは噂で聞いた話で真偽のほどはわかりませんが、某流の能楽師はスクワットが義務付けられていて、かなり年配の先生方も実行されているとか。。。

今日も午前中は師匠のお稽古があり、午後は「氷室」を3回くらい通してみていただきました。
明日の朝が心配です…。

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氷室の課題 

稽古能で「氷室」を舞いました。
結果は、う~ん…。
後半の天女ノ舞についてはこの前よりは上手くいったかなという感じはしました。
太鼓が前回は金春流、今回は観世流だったのですが、観世流のほうが明らかにテンポが速くなります。
「氷室」は大小前(大鼓と小鼓の前)に、一畳台というその名のとおり約一畳(より少し大きいような気がしますが)の木製の台が置かれその上に山の作り物(大道具)が置かれます。
これで舞うスペースが相当に狭くなるので、リズムが速いほうが舞いやすくなるのだと思います。
ただ本番は金春流なのでゆったりと舞えるようにしておかねばなりません。

しかし今日も課題が。
天女らしくふんわりとした舞を目指していますが、ただ単にスローに舞えばいいというものではないと思います。
そこで途中、サーっとした部分を入れてみたところ、ここが裏目に。
師匠から「少し動きにキツいところがある」とご注意をいただきました。
間延びしないように、かつキツくならないように。
ここがあと半月の課題です。

前半部分については、もっとまだまだ。
集中がふっと切れた瞬間にことごとくミス。
「シテとちょっと思惑と違う節になった」とか「立ち位置が数歩ずれた」とか、些細といえば些細なことなのですが、小さな動揺がミスに繋がってしまいました。
もっと謡を体に馴染ませないとなりません。

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舞い方に問題あり? 

土日は催しなし。
両日お1人ずつ宅稽古をしました。

今日いらした方はごく最近始められた方。
今日で「羽衣」の謡が終わりました。
齢80を数えるお爺様ですが、毎回とても楽しんで下さっているご様子でこちらとしても嬉しい限りです。

ちょっと変わった風貌をお持ちの方ですが、どうもかつて某大学の名誉教授だったそうで。
ま、ご自身がおっしゃらないので全く知らないことにしていますが。

ゆとりある週末だったので、稽古やら型附を写したりとかしていました。
型附というのは能をやる上での動きを書いたもの。
曲にもよりますがこれは結構骨で、ちょいと気合が要ります。
結局今日小1時間かかって写し終えました。

稽古はいろいろと。
月ノ巻用の原稿を見ながら4曲ほど仕舞を舞ってみました。
しっかし…。
仕舞舞うとなんでこんな疲れるんでしょう?
2・3回舞うと、もうぐったりして稽古場に寝っころがってしまうこともしばしば。
運動量は極めて少ないのに。
舞い方が悪いのかなぁ???

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ヲヒーヤクーダサイ 

今日は国立の稽古が3科目あるので、昼間はその他もろもろと合わせて実家で稽古。

昨日も書いた盤渉楽。
「ヒヒャーウラウリー ヲヒーヤーリー…」
と唱えていると、妹が、
「♪おひーや くーださい」
なんて歌いながらヘンテコな踊りを踊り始めました。
妙につぼにハマってしまい、それから盤渉楽の稽古ができなくなってしまいました。。。

さていざ国立へ。

まず大鼓から。
今日は「敦盛」でした。
金春流では他流ほどこの曲はメジャーな曲ではありません。
先生もそのことをよくご存知で「金春は敦盛より生田のほうが多いからなぁ」なんておっしゃりながら謡本を眺めていらっしゃいました。
普段大抵の曲なら謡本を一瞥することもなくお稽古を始められるのですが、じっくり謡本をご覧になっていたことからも、いかに金春流で「敦盛」が遠いか伺えます。

途中ヒヤッとするところもありましたが、なんとか無事最後までいきました。
でも、控え室に戻るともうぐったり。
ドラクエでいうと画面がオレンジ色に変わった状態です。(←わかります?)
なんで大鼓の稽古ってこんな疲れるんでしょう?

その後小鼓の順番待ちでしたが、もう一人金春流の研究生が今日から中ノ舞だったので、稽古にお付き合い。
かれこれ15分くらいやっていると「どうぞ~」とお呼びがかかりました。
やば、自分の曲全然見てない!!
稽古室までの間ゆっくり歩きながら見直して入室。
「玉鬘」だったのですが、僕の手付けに不自然なところがあったので、まずそこをお聞きしました。
「あー、これ違うよ」
やっぱり。
「ここが結コイ間で、その後に段頭、二段オロシ…」
直前に言われるのが一番大変で「わかったかい?」と聞かれれば「はい!」と答えるしかありません。
で、実際にやってみて出来ないと「さっき教えたろ」ということになるわけで…。
案の定一回つまずいてしまいましたが、なんとか「次いってよし」をいただきました。

さー次は笛!と思ったら、大鼓に別の金春流の研究生が入るところに遭遇。
これは謡わねばなるまい!ということで「松風」を謡わせていただきました。
大小を目一杯やったせいか、喉は思いのほか疲れていたようでややかすれ声。
それに気をとられていたら、一箇所、間が…。
「長いっ!!」とすかさず先生から注意が飛びます。
その後は持ち直し、何度か謡わせていただきました。

稽古中は非常に厳しい先生ですが、普段はお優しい先生。
「松風」は〝いなばの山の~〟と始まるのですが、「何度もイナバウアー、イナバウアーって謡って大変だったなー」なんて、ニコニコしながらオヤジギャグいやいやご冗談をおっしゃってました。
こういうこといったら失礼なんですが、普段の厳しい表情が一転、笑うとすっごいカワイイおじいちゃんになるんです。
きっとお孫さんにはこういうお顔されているんでしょうねー。

控え室に戻ると「笛、誰もいないからすぐ行ってー!」と。
ひえぇー、見直す時間もないのかよー、と泣く泣く稽古室へ。
結論は、
「んー、もう1回やったほうがいいねぇー」
でした。。。
引っ掛かるべきところで見事に引っ掛かってましたから。
稽古は結構やったつもりでしたが、まだ足りなかったみたいです。。。
でも先生もおっしゃっていたとおり、今しっかり覚えておいたほうがいいわけで、これで余計にしっかり稽古できることに相成りました。

今日は実際に吹いたわけでもないのに稽古室を出るとフラフラ。
控え室でしばらく大の字になっていました。
でも、先程からご登場の大鼓の先生ってばすごい!
16時から19時半まで、全く手を抜かないでノンストップのお稽古。
さらに「明日は朝から遊びに行くんだよー」と。
さ、さすが!!

もうご飯をつくる余力がなかったので、最後までいた人たちを誘ってお食事。
定食屋で瓶ビール1本を3人で空けて、ささやかな「お疲れ~」の乾杯をしました。

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頭ン中で… 

盤渉楽(ばんしきがく)がエンドレスでまわってます。
明日笛の稽古があるので、必死で覚えているのですが、ややっこしー!

楽(がく)というのは雅楽を題材にとった囃子ですが、実際にはあんまり似た部分はないそうです。
ちなみに能の詞章の中で楽と出てきたら(がく、と発音する場合)雅楽を指します。
雅楽という名称も能楽と同じく明治期に付けられたものなのだそうで、それまでは楽と言っていたそうです(雅楽寮という役所はありましたが、うたまいのつかさと読むので〝ががく〟という呼び方はなかったようです)。

また盤渉というのは、簡単に言うと高い調子のこと。
対応語は黄鐘(おうしき)です。
詳しくはこちらでも)
ちょっと調べただけだと、漢字と意味の対応がよくわかりません。
慣用句で「黄色い声を上げる」といえば女性の高い声の歓声を意味しますが、これは仏教の声明だかなんだかで黄色が最も高い音を表わすことからきているのだとか。
能は仏教文化をかなり強く受けているのに、逆さまになるのはなぜでしょう?

これは舞ったこともないので、とりあえず唱歌からと思っているのですが、なかなか口がまわりません。。。
ちなみに(今日は説明ばっかし)唱歌というのは、メロディーを言葉で表記して言うこと。
ドレミのように文字と音が必ずしも対応しません。
たとえば〝ヒュロイヒャ〟と〝ヒヒュルイヒャ〟という唱歌で、両方に出てくるヒュは全く別の音になっていたりする、ということです。

ともかく、盤渉楽は唱歌が入り組んでいてとにかく難物。
「ヒヒャーウターウタウヒーヒャウラヒタラルイヲヒャーリーヤリヤリホヒヒャホヒヒャウラーイルイラロリリホヒヒャ…」
ってなんすか、これ…。

メロディーは大好きなんで(いっとき寝るときによくかけてたくらい)、これ吹けたらカッコイイなぁーとは思うのですが、なかなかに大変。
聞くは易く行うは難し、です。。。

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強吟・和吟について 

そういえば能楽用語って解説なしにばんばん使ってました。
これから気がついたら解説っぽいことを書いていこうと思います。
自分の勉強にもなりますし。

そんなわけで第1回。
〔強吟(ごうぎん)・和吟(わぎん)について〕
えーと…、実際に聴いてみて下さい…、っていうんじゃ説明になりませんね(汗)
一言でいうと、「音階がはっきりしているかしてないか」と言えると思います。
手元に学術書の類がないので通説的な見解があるのかどうかわかりませんが、僕は聞かれたらこう言うようにしています。

流儀によってはツヨ吟・ヨワ吟という表現になりますが、中身は一緒です。
こういう言い方があるせいか、強吟は強く謡って和吟は弱く、なんて思ってしまうかもしれませんがさにあらず。
穏やかな強吟だって激しい和吟だってあります。

ではどういうことなのか。
強吟は西洋音階で表わせません。
一句の中でだんだん音が上がっていく、というのがベースになります。
もちろんこの中に節と呼ばれる音の上下を決める記号やらが入ることにより変わりますが、この上げ幅を大きくすると強さが出たり、小さくすると悲しみに暮れる様を醸し出したりすることができます。
始めて間もなくの方が、なかなか感覚をつかめないことが多いのは、強吟が非西洋音楽的なこういう性質を持っているからだと思います。

一方和吟はというと、これは西洋音階で表わすことができます。
できます、といっても雰囲気ですけどね。
たとえば、
「ララララ ラレレレレレラララララ」
と、は低いレで、は高いレでピアノを弾いてみて下さい(携帯の着信音作成機能でもOK)。
これで「はるがすみ たなびきにけりひさかたの」と「羽衣」のクセの最初の部分になります。
さらに、
ファファファファファファ
今度はファを付点4分音符、を2分音符、を8分音符、ファを付点2分音符、ファを2分音符、そのほかは4部音符で弾いてみて下さい(面倒でしたら全部同じ音符でも雰囲気は出ます)。
これで「きーぃみがーぁよはー」という途中の部分になります。

と、ごく簡単にいいますとこうなります。
もうひとつコトバの謡といって節がないものがありますが、これは強吟の部類に入ります。

ちなみに金春流は強吟が多い流儀といわれ、「小袖曽我」など流儀によっては和吟のものの多くが金春流では強吟となっています。

もし、これじゃ全然違うだろ!など異論反論オブジェクションがありましたらコメントをお願いします。
なにせ僕はまだ駆け出しですから勉強のよい機会にさせていただきます。

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氷室 

朝、師匠のお稽古。
出掛けにばたばたしてしまい、予定より数分遅れの出発。
駅まで走っていくと、ちょうど電車が来たのでやれやれと思っていたら、車両故障のため10分遅れとのアナウンスが。
ともかく師匠にメールを入れて、お稽古場へ駆け込むと、師匠
「ごめん…」
へ?遅れたのは僕のほうで…と思っていると、
「稽古会、やっぱり月曜日だったんだって」と。
あれまー。
ボクも手帳に書き忘れ「ぜぇーったい今日ですってばー!!」と言えるほどの自信がなかったもんで…。
先輩がた、無断欠席ですいません。。。

気を取り直して「氷室」を見ていただきました。
なんとなくややこしい謡。
2、3怪しい所がありました。

この曲平たく言うと、氷室を守る爺さんが氷室の謂れを語り消える。やがて天女が現れて舞を舞い、氷室の神が現れて君の威徳を寿ぐ、なんていうストーリー。
核となる部分の物語があまりないため、手をかえ品をかえて引き伸ばして能にした感じ。
その弊害として似たような文句・表現が何度も出てくるので、とにかく謡が覚えにくいのです。
その中でもツレは最も謡が少ないので、楽なほうではあるのですが、それでもちょっとでも気を抜くとすぐ違う言葉になってしまいます。

でもそんな曲でもいいところはあります。
シテとツレが出てきて最初に謡う文句。
「氷室守春も末なる山風や花の雪をも集むらん 深谷に立てる松かげや冬の景色を残すらん」
ってキレイな言葉じゃありません?
春と冬とが入り混じる奥深い渓谷、なんて勝手にイメージしてます。
でも技術的には真ノ一声という囃子事に注意しないといけなかったり、節回しが厄介だったりと、なかなかに難しいところではあるのですが。

それと間狂言がちょっとおちゃめ。
舞台上で雪だるまを作っちゃいます。
途中で手が冷たくなって、息をはーはー吹きかけたりするしぐさなんかもあってとってもほのぼのしてます。
ただし、これが和泉流なのか大蔵流なのかはたまたどちらもこういう演出なのか、そのあたりの記憶が曖昧。
いずれにせよツレは男から天女へ装束を全とっかえしているので、まったく舞台は見れません…(涙)

夕方、今度はシテと合わせての稽古。
シテが家元のお孫さんなので、ご長男(いわゆる〝若宗家〟ですが、現在そういった呼称は金春流では使っていません)である彼のお父様に見ていただきました。
朝の稽古の甲斐あってか、今度はノーミスで通りました。

でも一通り覚えたここからが勝負。
ツレなので自分が前面に出るようではいけないのですが、よい舞台にできるよう頑張りますっ。

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新年度スタート 

自宅に寄って少し稽古してから出稽古へ。
公民館を借りてのサークル的なお稽古場です。
5月に小さな発表会があり、皆さん熱が入ってきたようです。

この会、平日の昼間ということもあって、数年前まで男性の方は全くいらっしゃらなかったのですが現在は4名。
サークル祭で男性の連吟を、という話になりました。
「田村」の前半部分という案が出たのですが、季節的にちょっとズレるし女性が「杜若」で和吟ということもあり、後の舞囃子でやる部分を謡うことにしました。

強吟はややもすれば一本調子の謡になってしまいがち。
そのため今まで敬遠してきたのですが、この際思い切って!ということで決定しました。
とにかく間違ってもいいから大きな声で謡って下さい、とまずは一緒に謡ってみることに。
先生から「ゆっくりね」と言われていたので、間を意識的にしっかりとって謡ってみました。
皆さんよく声が出ていましたが、終わってから「苦しい…」との声。
慣れないとどこで息つぎをしていいかわからないので大変なんですよね。
ボクも笛の稽古でいやというほどその苦しさを味わっています。。。

今度は皆さんで。
相当くたびれたそうですが、よく声が出ていました。
謡はまず声が出ることが一番。
この調子でいい謡になるといいな♪

その後今年度初の国立のお稽古。
行きがけの電車でのアナウンス。
「後ろのほう、車掌がまいります。なお、車内での清算、パスネットの販売はしておりません」
…何のために来るんでしょう?

まーそんなことはどうでもいいとしてお稽古。
2週間ぶりの養成課。
名簿をみると今まで見なかった名前がちらほら。
観世・宝生の2流は何人か増えたみたいです。
いいなぁー、若い人がいっぱいいる流儀はー。

今日は太鼓のみでしたが、金曜には他の3科がいっぺんにきます。
またギアを上げてがんばんなくちゃ!!

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深夜の衝撃音 

昨夜1時過ぎ。
ゴン!ドカーン!バターン!!
続いて、
「オメー、ふざけんじゃねえよ!!」という男の怒声。

どうやら階下の住人が暴れだしたようです。
結構頑丈な鉄筋コンクリート造りなので、普段はほとんど音がしません。
こんな騒ぎは、かつていた土曜の夜になるとエレキギターをかき鳴らすというはた迷惑な住人以来。

しばらく耳をすましてみると、男が、
「お前のわがままに…」
とかなんとか言っていて、女性のすすり泣く声も聞こえてきたので、痴話げんかのようです。

その後も物を投げているのか蹴っ飛ばしているのか、ドコンドコン音が聞こえるので様子をうかがっていたのですが、やがて、
「痛ぁーい!!」
「痛ぇのはあたりめーだ!!」

なんて、警察呼んだほうがいいかな?という緊迫した状態になってきました。
と、思考をめぐらせること数分。
さっきのをピークにだんだんおとなしくなってきて、どうやら事なきを得たようでした。

でもおかげで寝たのは2時。
日曜の夜なんかに、まったく…。


そんなこんなで最近能楽ネタがありません。
なにせ4月はもう舞台の仕事がないし、国立の稽古も春休み中。
今日は先輩方と稽古会、と思っていたら今朝師匠から「それ、来週だよ」と…。

でも稽古はちゃんとしてます、いちお。

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4月8日 晴れ時々雨 

昼からの出稽古に向け、ちょっと早めに家を出ました。
駅の道すがら、横に大きくドスドス歩く子を見ました。
妹でした…。
性格的には兄の影響か(?)、マニア受けしそうな妙なセンスを持っているのですが、いかんせんこの体型。
ボクと身長が20センチ違って、体重が10キロしか違わないってのは問題。。。

早く家を出たのはカバンを買うため。
普段謡本やら扇やらを持って出かける手提げカバンのファスナーがおかしくなり、3回に1回くらいの割合で右に引いても左に引いてもあいてしまうのです。
肩掛け部分が壊れていて何度か縫い直したりもして頑張ってもらったのですが、もうそろそろ引退させてもよいかなと。
約7年間お疲れ様でした。。。

出稽古を終えて駅からの帰り、どこかで見た顔が。
大学時代のバイトの後輩でした。
2つ3つ下で慶応生。
妹と彼の弟が同級生でやっぱり頭がよかったとか、記憶の外堀は埋まるのだけど、名前はぼんやり。
二言三言話しただけでしたが、ああそうそう好青年だった、という印象
が甦ってきました。
何がそういう印象を与えるのかと考えてみると、はきはきと綺麗な敬語を使うということ。
それも使い慣れない言葉を使っているというのではなく、ごくごく自然に口をついてくるという感じ。
かつ営業口調的な形ばっかりというものでもなくて。
わずか10秒ほどの会話でしたが、若いのにえらいナァと感心してしまいました。

家に着いたら1も2もなくテレビをオン。
FC東京戦を観るため。
♪♪♪
カウンターで1点は取られちゃったけど、会心の試合!
暫定ながら6位浮上。
5月小瀬まで行くから、それまでいい状態をキープしてくれっ!!

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くしゃみと役得とチャーシュー麺 

久しぶりに雑穀をいろいろ混ぜたご飯を炊きました。
なかなかおいしいんですが、独特のにおいが部屋に充満してしまうのでしばらく窓を開けて換気していました。
が、これが失敗!
天気が良かったせいか花粉の猛威にさらされていたのです。
それがよりにもよって、充実野菜を飲みかけたその瞬間、
くしゅん!!
朝っぱらから大惨事になってしまいました…。

10時から師匠のお宅で、師匠のお父様と新しい仕舞型附刊行に向けた会議。
十分間に合う時間に出たものの、駅近くまで行って携帯を忘れたことが発覚。
5秒悩んで引き返すことに。
もう危ない時間になっていたので自転車で井の頭線の最寄駅まで突っ走ることにしました。
飛ばしに飛ばし無事5分前に到着しました。

さて以前にも書いた「仕舞型附月ノ巻」
予想はできましたが、実際作るとなるとかなり大変。
本によってバラバラな様々な表記の方法をどのように統一するかというのがまず大きな壁。
原稿を作るのも切り張り作業が多く、これを50数曲分やろうとなると相当な時間を要します。

でもそれにも優る役得が。
まず1つ1つ作る過程で仕舞や謡が覚えられる。
更にそこで疑問が出たら会議にかこつけてすぐ質問ができる!
今日もちょっと疑問に思っていた点を1つお聞きできたし。
むふふ~、これはウレシイ♪

おまけに、
「こういう作業は意外と疲れるし、これで体壊したりしたら元も子もなからね。無理はしないでゆっくりやればええから。」
とのお言葉。
勿体のうございます(T||T)

というわけで頑張りますっ!!


その後事務所、出稽古とまわりました。
そして夜はお食事。
妹のプレゼントの相談に乗ってもらった教え子に、お礼と就職祝いを兼ねてちょいと飲みますか、ってことになっていました。
稽古が終わったら電話ということになっていたのですが(朝悩んだ結果取りに帰った理由はこれ)、さあ行こうっ、と思った矢先にメールが。
体調不良のため延期にして~とのこと。
がっくし…。
まー、こんだけ暑かったり寒かったりしたらしょうがないわな。

夜ご飯の準備はなんにもしてなかったので、ラーメン屋に寄りました。
よし、いっちょパァーッとチャーシュー麺でも食うか!と鼻息荒く入店。
僕にとってチャーシュー麺を頼むというのは一大贅沢行為なのです。
でも!
〝880円〟の表示に敢え無く、
「ラーメン大盛りで」
と、いつものボクになってしまったのでした。。。

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変貌を遂げる妹 

事務所の仕事は人件費削減ということもあり、後任に任せて早めに上がり。
実家に寄って稽古。

何曲か謡ってみたものの、なんか今日は引っ掛かるような感じがしてしっくりこないので今日はやめ。
原因はよくわかりませんが、ときどきこういうことがあります。

じゃあ笛だ、としばらくぶりに吹くと、お調べして楽の二段までいかないうちに口が痛くなってきてこれもそうそうにやめ。
僕の吹き方が悪いのか、吹くときってかなり口の周りの筋肉使うみたいです。

でもって舞の稽古。
ん~、シテ方として稽古すべき順番が違うような気がしないでもない。。。
おととい研究会で舞った天女ノ舞がしっくりいかなかったので、いろんなMDを準備して舞ってみました。
中ノ舞とほとんど一緒のベーシックな舞。
でも基本的なだけに却って難しいような気もしてきます。

天女なんだし少し華やかなほうがいいかな、とか考えてみたりするんですが、結局蛇足になってしまうかも。
いろいろ工夫してみて、その結果を今度のお稽古のときに先生に観ていただいてから判断しましょう。

あ、そういえば100回舞うぞ!企画の「小督」ですが、今のところ3回。
案の定目先のことからになっちゃってます。
なんとかせにゃ!!


さて。
昨日書いたプレゼント、妹にあげました。
「わぁー、お兄ちゃんありがとう~~!!」

なーんてことは絶対言うタイプじゃありません。
でもやっぱりこういうものはもっていなかったようで、それなりに喜んでくれてはいたようです。

ちなみに。
以前ラーメンズ似、といわれていた妹ですが、最近また変わったようです。
この前友達から「らくだに似てない?」とか「アンタにちょー似てる猫見たよ」とかって言われたそうで。
性別はおろかついに人間という壁まで突破しちゃったのね…。

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プレゼント 

今日は事務局長にお昼をご馳走になりました。
今月20日で事務所を退職するので、ちょっと早めですが(あとのほうが忙しくなるので)送別会がわりということでした。

行ったお店はフランス料理店
あまりお堅い感じではなく、カジュアルな感じ。
ご馳走になったのは前菜、魚料理、肉料理、デザート、珈琲または紅茶のコース料理。
それぞれ何種類かから選べるようになっていて、フランスパンは食べ放題になっていました。
フランス料理なんていつ食べたか記憶がないくらい遠い昔。
えーと、ナイフは外側からだっけ内側からだっけ?なんて有様。。。
でも賑やかな店内の雰囲気からすると、そんなことはお構いなしみたいでした。

さてお味はというと…、
文句なく美味かったです、うん。
子羊の煮込みはナイフ使うと逆に食べづらいくらいトロトロだったし~。
でも一番感動したのはデザート、バニラアイスフレンチトースト添え。
さっすがフランス料理屋のフレンチトースト!(っていうほどなのかわかんないけど)
僕も何度か作ったことがあるんですが、無意味にふにゃふにゃになっちゃっていつもイマイチ。
でもこれはカリッとふわぁが絶妙なバランス。
焦がし具合もちょうどよしだし、アイスとのバランスもぴったり。
あと3皿くらいはいけましたな。

ちなみにお店の名前はブランドミュゲといいます。
事務局長、ご馳走様でした~。


帰り新宿で寄り道。
明日妹の誕生日なので、ちょいと何か買ってあげようかなと。
今年は就職活動なのでなにかそれに役立ちそうなものを、と思ったもののこういう道に進むことになったので全然見当がつきません(でも実は2社だけ試験受けてみたんですけど…)。

困ったのでかつての塾の教え子にメールしてみました。
この子は妹と同い年だし、すでに去年活動を経験しているので相談相手にはもってこい。
早速かえってきたメールには「腕時計か、小ぶりで大人っぽいペンケースなんかどう?」とのこと。
なーるへそ。
確かに時計を携帯だけに頼っていると、いざというとき困ることがあるかも。
でも時計はいいモンにしようとすると青天井だな…(汗)、ってことでペンケースに決定。
アイツは美大生ということもあり、マーカーやらがごてごて入ったおっきいのしか持ってなかったはずだし、ちょうどいいでしょう。

そんなわけで、2店じっくり見て決定。
あんまり女おんなしたのは好きじゃないのを考慮して、皮製でベージュのものにしました。
去年はノイズキャンセリング機能付イヤホンにしたのですが「使いにくい!」と不評。
今年は気に入ってくれるかな??

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デビュー 

国立への行きがけ、入社式に向かうと思われる人たちを多数見かけました。
世の中では新年度。
でも能楽界はほとんど影響がありません。
4月になるといつも新入社員が入ってきて…なんてことは普通ないのですが、今日は新入生が。

先日も書いたとおり、まず「弱法師」の地謡。
新入生とはその副後見。
まだ中学生の男の子。
つい最近まで子方として活躍していたのですが、今回めでたく例会の舞台に出ることになりました。

彼、子方としてのキャリアは多く(たぶん僕よりも多い)最後のほうは子方というよりツレに近い大人顔負けの渋い謡を謡っていました。
彼が子方として出ていた「望月」を観たときは、一人で敵討ちできんじゃないの?と思えるくらい堂々としたものでした。

さて今日のデビュー戦。
まだ装束も触れないし、別に舞台上で何か作業があるわけではなく、中入もないのでとにかく行儀よく座って帰るべきタイミングで切戸口(舞台右奥の小さな戸)から退くのが仕事。
(僕は成人してからだったためか右も左もわからないうちから「とにかく謡ってこーい!」と地謡につけていただいていたのですが、幼い頃から舞台に立っていた先輩方は場慣れのため、こういったとにかく座っているだけの後見を経験した方が多いようです)
長い橋掛りでの謡のあと、シテが舞台に入ってくるのに合わせて後見2人が入ってきます。
30分強そのまま正座し、最後のロンギの謡のとき退くという段取りになっていたようです。
すっと切戸の方を向き、帰るのかな?と思ったらやはり足は相当キビシイ状況のようでした。
足を組み替えたりしながら頑張っていましたが、なかなか感覚は戻ってこない様子。
そうこうしているうちに地謡からシテ謡になってしまいました。
このタイミングで作業しないといけないという場合を除いて、原則としてシテ謡のときには後見は動きません。
彼も主後見をされていた彼の師匠からそのことを言われていて、シテ謡の間は横を向いてジッとしていてまた地謡になったら何事もなかったかのように切戸へと向かいました。

でも何事もなかったかのようにというのは、実はとってもすばらしいこと。
立てない!と思ってしまうと焦って早足で帰ってしまったり、パニックになってしまえば裾をふんずけて転んでしまうなんてことも有り得ない話ではありません。
彼にとってはほろ苦いデビュー戦かもしれませんが、結果としては非常によい成績だったのではないでしょうか。

僕は席次的に一番下っ端なので後輩というものがいません。
彼がこれからどうするのかはまだわかりませんが、この道に進んでくれたら嬉しいのになぁ。

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「翁」の不合理 

今日は横浜能楽堂での催し。
曲目は「翁」でした。

この曲は〝能であって能でない〟などと言われ非常に儀式的色彩が強くストーリーは、五穀豊穣・国家安寧という以外にはありません。
数年ほど前、毎年夏に行う金春祭りのパンフレット用にあらすじを書いてくれと頼まれたことがありましたが、そのときは頭を捻って悩みに悩んだ結果、「書きようがありません…」と訴えて勘弁してもらったことがありました。
ちなみに儀式的色彩の例としては、シテが舞台上で面を掛けるとか、囃子方・地謡・後見がみな素袍上下を着用すること、など様々挙げられます。

お客さまにも影響があり、「翁」が始まってしまうと入退場が出来なくなってしましまいます。
以前、翁面を掛けて演じたシテが退場したあと、
「翁は終わったんだから入れろ!」
というお客さまとトラブルになったらしいです。
三番三(和泉流は三番叟)も含めてすべてが「翁」になるというのがスジなのでお断りしたそうですが、会場係の方は相当大変だったそうです。

「なんで?」って聞かれれば「伝統的にそうなっているから」とか「神事の一環だから」とかそういう応え方しかできないでしょう。
演じる側にもそういうことがあります。
「翁」上演時には楽屋に女性が入れないという決まりがあるのです。
これも応え方は同じになるでしょう。
あえて言えば(以下女性にはものすごーく失礼な文になりますが)、女性は穢れである、とかっていう仏教か何かの考えに由来しているのだとか。
謡の中でも「女は賤しきものにて云々」なんて文言を何度か目にしたことがあります。

はっきり言って全時代的だし、なにがなんでもそうしないといけないということは理論的にどう考えても無理があると思います。
ですが一方で、理論的でないからすべて改める、というのもどうなのかと思ってしまいます。

土俵や歌舞伎の舞台も女人禁制。
水面下での議論がどうなっているかわかりませんが、今のところ改めるという話は出ていないと思います。
最たるものとしては、女系天皇の件。
これもどう考えたって認めるほうが理論的。
そもそも天皇制それ自体だってその制度存在理由を理論的に立証できる人はいないんではないでしょうか。

でも、でもなのです。
理論的でないものはすべて無価値なのか?と言われれば、それは違うのではないか、ある種感情論的なものも世の中には必要なのではないかとも思うのです。

結論としてこの「翁」の女人禁制の件も、僕自身「伝統的にそうだから」という非常に消極的な理論しか持っていません。
「翁」に限らず、この合理性万能論とでもいうものに対する抵抗は、僕の中のここ数年非常に難しいテーマです。


いや!
もっと現実的な面で大問題が!
横浜能楽堂の場合、お弁当がほぼ間違いなく余ります。
その余った分を女性の職員さんは気を利かせて必ず持って帰れるよう準備して下さいます。
それが今日はかないませんでした。
僕にとってはひじょーーーに切実な問題でありますっ!!

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