09 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 11

「清経」ツレ終了 

東海大学欅能にお邪魔しました。
今年で17回目だそうですが、金春流は今回が初めてとのことです。

会場の湘南キャンパスは広大。
僕の母校中央大学の多摩キャンパス相当なものですが、それに匹敵するくらい。
楽屋から鏡の間へバスで移動なんてのは初めてです。

舞台は常寸の三間四方よりも大きめ。
ただ橋掛りから舞台に入るところがちょっと変わっていて、これは面掛けるとちょっと大変そうだなと思い、何度か入る練習をしてみました。

舞台のすぐ前には大きな池があり、黒くかまち(舞台の縁の部分)が作られていましたが、勢い余ると池ポチャになります。
シテならば万が一落ちたとしても「舟よりかっぱと落ち潮の」という詞章があるのでストーリー上問題ないのですが(装束とか進行には大問題ですが)、ツレが落っこちてしまったらどうしようもありません。
慎重に場所などを確認しておきました。
なお見所(客席)は池の向こう側に設置されていました。

陽も落ちいよいよ開演。
ご宗家の舞囃子「淡路」からスタートです。
僕は胴着(装束の下に着る綿入れ)に着替えて準備していましたが、だんだん緊張が高まってくる感じで舞台を気にする余裕はなくなってきました。

こういうイベント系の催しは申し合わせがないことが多くなります。
今回もそうでシテ方のみでやる地合わせはやりましたが、全体リハーサルである申し合わせはしていません。
「清経」はシテが登場するまでツレがワキと問答して物語を進めていきます。
シテ方各流の謡本にはワキの謡も書かれていますが、これと全く同じにワキ方三流が謡うとは限りません。
僕が過去2度勤めたときはどちらも下宝生流でしたが、今回は福王流。
謡の詞章のほか、形見を渡すときの型など違う可能性がありこのあたりが緊張の大きな要因でした。

程なくおワキが見えて打ち合わせ。
ご宗家のご長男で関西ではもちろんこちらでもご活躍されていますが、お相手させていただくのは初めて。
僕より幾つか上というくらいのお若い方ですが、舞台経験が多いためこういう打ち合わせも非常にテキパキとされます。
が、このテキパキペースに僕がついていけず、途中で自分の謡がちんぷんかんぷんになってしまいました。
舞台に出る前に非常にいやーな汗が…。
でもここで一度緊張したせいか、それから舞台に出るまで割とリラックスした状態で臨むことができました。

狂言がおわりいよいよ出番です。
「清経」は地謡・囃子方が座に付くと囃子も謡も全くない静かな状況の中ツレがしずしずと出て行きワキ座に着座します。
歩幅に注意しつつ、かつ橋掛りから舞台への入り方を注意しつつ進んでいきます。
舞台に入り正面を向くと「うわ!」
視界に入るのは黒くひろがる水面だけ。正面を向いているのか斜めを向いているのかさっぱりわかりません。
数歩前に出てすぐワキ柱を目指して進んだので特に問題はありませんでしたが、シテは相当大変そうです。

ワキが出てきてしばらくして掛け合いが始まります。
なんにせよそうですが、とにかく第一声が大事。
特に今回は最後まで師匠からOKが出ず、ここ数日ひたすらこの箇所を謡い込んできました。
謡いだすとマイクの音量が大きく自分の声がどのくらいでているのかわからないくらいでしたが、とにかく気にせず稽古してきたとおりに謡うよう心がけました。
一句謡うとだいぶ落ち着き冷静になり、面の視界からよくワキの動きを見ることができたのですが、見ながら「やっぱ今日のワキはカッコイイなー」と。
もちろん僕にそっち系の気はありませんが、知っている方は知っているとおり結構なイケメンなわけで、こりゃ清経の奥さん不倫しちゃってもおかしくないんじゃ?などと一瞬頭をよぎってしまいました(笑)
あ、でもちゃんと舞台には集中していましたんでご心配なく(集中してくるとかえって周りがよく見えるもんなんです)。

いよいよシテが出てきて、今度はシテとの掛け合い。
形見を手向け返したなじる夫に対し、
「愚かと心得給えるや。慰みとての形見なれども見れば思いの乱れ髪」
という一句があります。
夫を愛する妻の複雑な心境が最も現れる部分で、好きな謡です。
が、思わず力が入りすぎトーンがそこだけ上がってしまいました。
それ以外大きな問題はなくいったので(最後もちゃんと立てました)悔やまれます。
心情をそのまま演技として見せるというのは、やはりまだまだ相当な修行が必要なようです。

謡いながら気になったのは声の細さ。
今日はこういう役だったのでそう問題にはならなかったと思いますが、今後強い物をやったときに、舞台を圧するような太い声(大きいのとは別)が出せるように今後稽古していかねばならないなというのが、今日出た今後の課題でした。

終了後の打ち上げのときに師匠から「まぁ合格点をあげよう」と言っていただけてちょっと安心。
舞台を台無しにということはなく済んだようです。
もう一度この役を勤める機会があるかはわかりませんが、そのときにはもう少し高い合格点をいただけるように頑張らなきゃ!
スポンサーサイト

[edit]

悔しさは… 

午前中にカイロに行き、それから事務仕事。
ばたばたしていて結局昼ご飯を食べ損なってしまいました。
先輩から「アメ車」と言われてしまうくらいエネルギー浪費が高い僕ですが(以前朝食抜いて稽古に行ったらフラフラになってしまったことがあったくらい)、昨日過剰摂取していたためか割と平気でした。

夕方から国立で非公開の稽古会。
金春流は舞囃子「葛城」で、僕は地謡。
他流は地頭には中堅クラスの先生を据えていましたが金春流は全員若手、かつ他流が5人編成であるのに対し4人地謡。
気合を入れて臨んだつもりでしたが、非常に不完全燃焼。
えらいモヤモヤ感が残り、しばらく自分の感情がコントロールしきれないような状態でした。

シテ方金春流というのは能楽界で非常に少数勢力であるというのが現実です。
数世代上では10年に1人くらいしかプロがいないような状況があったそうです。
師匠のお父様は先代ご宗家の一番弟子でいらっしゃいますが、師であるご宗家がシテをなさるときには地頭を勤め、かつ中入のときには一緒に中入し装束を着けてまた戻ってくるという激務を重ねられてきたのだとか。
そうした大先輩方の大変な努力の結果、今では人数も増え、中堅若手レベルで地謡を編成できるようになってきました。
そしてその人数が揃い始めた師匠をはじめとする一世代上の先輩方の頑張りのおかげで、周りの方々からの声によれば流盛は上昇傾向にあるようです。

しかし流儀の最も底辺にある僕らがその恩恵に服しているだけで努力を怠れば、あっという間に先人たちの努力は無に帰してしまいます。
あの若い奴らはなかなかやるな!と周囲の人に思わせねば更なる発展というのはありません。

それなのに…。

実家でひと謡いして少しは気が晴れましたが、まだなんだか。
残ったもやもやは明日明後日の舞台にぶつけます!!

[edit]

焼肉要員 

昨日「猩々」の地合わせがありました。
奈良に向かう忙しい中、師匠にも見ていただいていくつかご注意をいただきました。
謡い方について最近よくいただく注意があります。
それは発音。
音が曖昧なのです。
これは女性の先生からも前にご指摘をいただいたことがありました。
先生は以前喉を壊され全然謡えなくなってしまった時期があったそうなのですが、あるとき「それじゃ喉壊すわよ」と。
僕の喉はこういった仕事をしている割にガラスの喉でなのですが、根本的に謡い方がどうもよくない部分があるようなのです。

昨日の稽古後、今日ととにかく師匠から教えていただいたことを心がけて謡うようにしていました。
すると喉が1時間以上ぶっ続けで謡っていてもわりと楽で、声も前に出ているような感じがします。
もちろんまだ自分自身消化しきれていない部分がだいぶあるのですが、よい方向に向かっているのではないかなという実感はあります。
あとは緊張した舞台上で喉を絞めずに稽古どおり謡えるかどうか。
とにかくやれるだけやってみたいと思います。


夕方電話が。
「焼肉行こうぜ!」
というお誘い。
この前とは別のバイト時代の先輩。
焼肉要員です。
そういえば妹も大学で焼肉部(気が向いたときに焼肉を食べに行くのが活動内容だそうで)の自称部長だとかと言っていたっけ。
血は争えません。

この先輩はとにかく飲みます。
学生の頃一緒に海外に行ったことがあるのですが、朝昼晩必ずアルコール入り。
起き抜けにギネスを一缶開けたときにはさすがに驚きました。

今日もビール2杯、真露1瓶、マッコリ500mlを開けた上「飲み足りない」と言って下北に繰り出していきました。
僕より4つ上ですが、たぶん体年齢は中年を大きく通り越しているはずです(少なくともお腹はかなりのモノになっています)。

僕もツレが控えている割には食べ過ぎた…。
明日は控えめにしないと。

[edit]

怠惰な日 

「やる気がでないときってあるんですか?」
研究生の稽古のとき、何人かからそう聞かれたことがあります。
傍から見るとなぜか僕はいつでもやる気満々に見えるようです。

もともと趣味で始めたわけですし、好きでやっているので稽古は大好きなのですが、どうにもやる気が出てこないときというのはあるのです。
そう滅多にあるわけではないのですが、今日がそう。
一日のんべんだらりの生活でした。

ひたすらゴロゴロ。
なにをするでもなく。
やるべきことはいっっっっくらでもあるっていうのに。

頭の機能もすっかり低下してしまって夕飯なんかこれ。
20061027235502.jpg

野菜グラタンととろろ昆布うどん。
いざ食べようとしたときになって、なんじゃこの組み合わせはぁー!と叫びそうになってしまいました。



全然関係ないですがヤフーのトップページに、「ドラえもん」歴代オープニング映像集なんてものが。
ちょー懐かしい映像で見入ってしまいました。
ああ、このあたりまでは見てたなって。
幼い頃の記憶が呼び戻されるような不思議な感覚です。
でも東京プリンが主題歌歌ってた時期があったなんて知らなかった。。。

[edit]

日ハム日本一おめでとう! 

夕方出稽古だったのですがその前に国立の稽古。
時間的にはちょっと無理なのですが、今日行かないと今月一度も大鼓の稽古に出られなくなってしまうので、先生が早く見えることにかけて行ってみました。

せっかくなので2時間早く行き研修舞台をお借りして稽古しました。
来週に迫った「猩々」は申し合わせもないので広い場所でしっかり舞いこんでおきたかったのです。

電気をつけるのはなんとなく気がひけたので、最初は差し込む光のみ。
真っ暗ということはないのですが、面を掛けるとすごく暗く感じます。
一度舞ってみましたが、遠くを見ると一面カーペットがひろがっているだけで、今自分がどこを向いているのかもわからなくなってしまいます。
たかだか20分舞っただけなのにぐったりしてしまいました。
さすがにこれじゃ大変なので2度目からは半分弱くらいまで照明を上げて舞ってみました。
視界の狭い小面(本番はもちろん猩々の面を使いますが、家にはないので)でゆったりした舞を舞うのは久しぶり。
なんだか足元がとってもおぼつかない感じでしたが、3度目舞っている最中にふと感覚を覚えて安定して舞えるようになりました。
でも当日はなにせ超特設舞台。
どうなるかはまったくわかりません。

1時間半ほど稽古して控え室に戻ると何人か研究生が。
「今日なにやるの?」という聞かれたので「安宅」サシからです、と答えると口を揃えて「ファイターだなー」と言われてしまいました(笑)
舞囃子は普通「人の情けの盃に~」(流儀によってはその前に「げにげにこれも心得たり」という一句がありここから)から始まるのですが、手付けにはサシから書いてあったので一応。
それに前にも書きましたが僕はここの謡好きなんです。
悲劇のヒーローとそれに付き従う家来たち、いいシーンです。

それからほどなくして期待通り先生が20分早く見えたので早速お稽古していただくことに。
今日は「安宅」をお願いします、と言うと先生も「げにげにこれも」からですね?と
いえサシからお願いします、と言うと「え?」とちょっとびっくりされたご様子。
それほど滅多にやることがない箇所のようです。

終わったあと先生が、
「このクセはなかなかいい謡ですね。北村一郎先生(大倉流小鼓方、現人間国宝北村治先生のお父様)もお好きで、会をされると必ずこの囃子が出たものでしたよ」
なんてお話をして下さいました(ちなみに幸祥光先生は「咸陽宮」の琴ノ段が必ず出たそうで。金春流にはない曲なのでよくわからないけど)。
おー!やっぱりいいなと思うのは僕だけじゃなかったんだ。

それからすっとんで出稽古へ。
今日から来年の会での独吟に向けて新しい曲をお稽古される方がひとり。
曲は僕の独断と偏見で「安宅」。
勧進帳ではなくもちろんクセ!
一緒にひととおり謡ってみましたが、お弟子さんも「いいですね」とご納得の様子。
これを機に今後流行らないかなぁ。





タイトルと本文は全く関係なし。
でも新庄の涙はちょっともらいそうになりました。
さっき本人が会見でも言ってましたがうまくいきすぎな展開。
これも今年プロ野球を盛り上げた成果に対する神様のごほうびなのかも。
頑張ればきっといいことがあるみたい。

[edit]

充実野菜 

20061025233551.jpg


午前中事務所へ。
いつもどおりテクテク歩きながら謡本を読んでいたら、、、
酔いました。

昼になり作業をしていると事務長がご馳走してくださるとのこと。
ラッキー!
行った先は中華料理屋。
僕がいた頃からの行きつけのお店です。
いつもそうですが事務長に連れてっていただくと自動的にチョイスしてくれます。
「タンメンと中華丼の小さいのある?」
「そういう中途半端なのはないなあ」とすっごいハスキーボイスのマスター。
「じゃ、普通のでいいや」

って、2人前ってこと!?

プロになった直後、2日で楽屋弁当10個とか異常な量食べていた時期があって、流儀全体に(国立の食堂とか横浜能楽堂にまで広まっているけど…)「アイツはすごい量食べる」という印象がついてしまいそれで気を遣ってくださっているようです。
でも、これはちょっと多すぎですよ~。
タンメンだって普通に大盛りレベルあるし。
でも恐ろしいかな我が胃袋、しっかり完食してしまいました。。。
ごっつあんでした、どすこい。


その後夕方まで作業して自転車で帰宅。
帰りがけふと思い出し、いきつけのスーパーの系列店へ。
ポイント5倍&一人暮らしの必需品(と思っているのは僕だけ?)充実野菜の特売をやっていたのです。
1人12本までだったのですが、手提げカバンも持っていたしあんまり買っても自転車の前かごに入らないのでとりあえず5本とその他ちょこちょこ買ってレジへ。

財布を開けると、
ぎょ!千円札が1枚だけしかない!!
昨日パスネット買っちゃったり、今日発送作業していて郵便代立替たりしたんだっけ。
あわわわ、足りんのか???
といってももうレジ打ち始めてるし…、いやいや冷静になれ、自分!

…そうだ!今日は手帳入れ持っているからその中にお金があるはず!
(祝儀袋を入れていて、予想外に扇が配られたときなどに備えているのです)
でもここで祝儀袋を開けてお金を出すってのはちょっとみっともないよなぁ。
第一自分で僕がこういう職業をしていて予め準備してたもんだなんてわかるわけないから、「この人もらったもんをこんなところで開けちゃってみっともないワ」なんて思われちゃったらヤダしな~。
もう少し他に手はないか…。

そうだたまっているポイントを使えば!
…でもこんな5倍セールのときにみすみすポイントを使っちゃうなんてもったいなくないか?
これじゃ昔「将来いいお嫁さんになれそうランキング」に女子に割って2位に入った輝かしい経歴が汚される。
これも避けたい…。

じゃなきゃなにか返しに行くか?
うーん、それもなぁ。。。
あぁ、それにしてもなんで今日に限ってペコロスなんて余計なもんまでかごに放り込んじゃったんだろう?
うちに玉ねぎがあんだからそれ使えばいいじゃん!

…なーんてことを嫌な汗を流しつつ考えていたら、
「お会計1628円です」
あっぶねぇー、ギリギリセーフ!!
後で調べてみると財布の残りは296円。
レジに並ぶ直前、料理酒(確か298円)を買おうかなと迷ったのですが重いしまだもうちょうと残っているから今度でいいやと返したのですが、それがなかったら、今頃財布をひっくり返して慌てふためいた挙句、
「スイマセン、2円足らないんでコレいいです…」
とか消え入りそうな声で言うハメなってたかもしれない…。
2度とこの店に来られないところだった。。。

一旦帰宅して今度はいつものスーパーへ。
今度は万札をちゃんと入れたので安心。
安心の反動からか再び充実野菜を購入。
…というわけで今我が家はあんなんなっちゃってマス。。。

[edit]

悩むツレ 

午前中、地合せ(シテ方のみで通し稽古すること)。
舞囃子「葛城」のあと「清経」
やっぱり問題は〝流れ〟
うーん…。
あとで録音を聞いてみると、なるほどなんかおかしい。
謡っていてもこうしっくりこない部分はあります。
でも具体的にどうすればいいのか…。
うーんうーん…。
とにかく当日まであと数日、納得いくまで謡いこんでみます。

今日はその後事務作業。
朝、霧雨が降っていたのですがまあこのくらいならと移動力を買って自転車で出発。
が、たとえ霧雨でも40分自転車乗ってるとずぶ濡れになるんですね。。。
予報ではだんだん回復してくるといっていたのですが、全然。
移動のたびにぐっしょり。
夜師匠の御宅で師匠のお父様がたと作業(流儀の仕事)を外へ終えて出てみたところついに本降り。
最近東京は滅多に雨降らないくせに、なんで僕が動くと祟るのかな~~~。
まー、スキー場ですら雨が降ったという僕の強烈な雨男体質のせいなのかもしれないですけど。。。
風邪ひくといけないので、うちに帰って念のためすぐ葛根湯飲んでおきました。

ちなみに我が家に電子レンジが到着!
祖父宅にあったのを頂戴してきました。
ちょっと旧式だけど僕にはじゅうぶん。
今度お見舞いに行ったら「ありがとう」って言わなくちゃ。

[edit]

酔って猩々 

昼飯は実家で妹と一緒に。
コンビニで買ってきてもらったのですが、ヤツはなぜかおでんとスープをチョイス。
汁物だらけ…。

その後TVでサッカー観戦。
ん!そうだ!
せっかくだから見ながらビールでも飲んで、酔った状態で「猩々」を舞ってみよう計画を実行に移してみよー。

試合は後半30分過ぎまで0-2。
パスが繋がらず、こりゃ悪酔い猩々だなと思った直後、ゴール!
これで流れが変わり立て続けに2点決めて久々の快勝!!
嬉しさのあまり直面猩々になってしまいました。

さてそのまま稽古場へ。
ずーっと「足元はよろよろと」状態。
息は続かないし大変。
実際やってみてわかりましたがあんまり得られるものはなかったですねー。
でもせっかくフラフラついでで、普段しっくりこないキリの(本当に)「足元はよろよろと」の部分は何回かやってみました。
これもあんまり身になってない気はしますが。。。

夜はお決まりの大河。
原作はご存知司馬遼の「功名が辻」。
ちなみに同じく司馬遼が一豊の子孫(直系ではないけど)、幕末四賢公の一人、容堂を書いたのは「酔って候」。
まぁどうでもいいんですが。。。

[edit]

女流能楽師 

「能楽師に女性の方はいるんですか?」
講座などでよく聞かれる質問です。
「僕の師匠も女性です」と答えるとだいたいみなさん「へ~、そうなんですか!」という反応をされます。

歌舞伎は歴史的経緯から女性は舞台に立てないことになっていますが、能楽界はそういうことはありません。
ただし女性の役を演じるときは必ず面を掛け、一方で原則として物語の中で現在進行形で生きる青年・壮年の男の役は面を掛けない(なのでワキが面をかける曲はありません)といったことから、女性が舞台に立つということは想定していなかったとはいえるかもしれません。

能楽人口全体としては恐らく女性のほうがだいぶ多いのではないかと思いますが、プロに限ってみると女性はごく少数です。
金春流は先代宗家以来女性を積極的に育成してきたので、他流よりその比率は高くなっています。
今年でみると金春会定期能、円満井会定例能で計6回女性のみの8人地謡が編成されています。
それでも女性が舞台に立てる機会というのは少ないのが現実。
地謡の編成も声の高さが合いにくいため、基本的に男性の地謡に女性が混じるということはありません(流儀によっては後列男性、前列女性という組み方はあるようです)。

地謡に出るということはただ舞台を見て勉強するのでは決して得られない経験ができます。
その舞台に向けて暗誦することにより無本で謡える曲のレパートリーが増えるのはもちろん、地頭の呼吸を一番近い位置で感じることができたり、囃子方とのせめぎ合いを肌で感じることができるからです。
地謡に参加できるチャンスが少ないということはそれだけハンデを背負っているとさえいえるのです。
以前ある女流の方が「私たちの3年が男性だと1年だものね」と仰っているのを聞いたことがありますが、こうした面から考えると1:3が正しいかはわからないものの男であるということで下駄を履いているということは確かなことだといえます。


今日はその女性の師匠のところでお稽古のお手伝いをしたあと、水道橋へ。
研究生仲間の舞台を見所から拝見しました。
舞台を眺めているとシテ以外にも研究生が4人。
見知った方がいる安心感なのかなんなのかちょっと頬が緩んでいまうような変な感じです。

曲目は「船弁慶」(金春流は「舟弁慶」と表記)。
最初につらつら長い文章をなぜ書いたかというと、この曲のシテが女性だから。
研究生稽古に行き始めてまもなく「この人デキる!」と思った人が何人かいましたが、彼女もその1人。
今日もキレのいい舞を舞っていました。
不覚にも中入前にウルッときかけてしまったり。
幕のすぐそばにいたのですが、トメのときに荒い息遣いが聞こえてきました。
小さな体であれだけ大きく舞うということは僕が舞うのよりもはるかに体力を消耗するのではないかと思います。

帰って僕が前にやったビデオを見てみました。
全然ダメじゃん、自分…。
2年半経っているから、今舞えばもう少しマシだとは思うけど…。

「清経」のツレ、「猩々」のシテまで気がつけばもう10日ほど。
最近イマイチ気合の入らない日が続いていましたが、今日はいい刺激になりました。
さぁ、頑張るぞ!!

[edit]

能楽師への道⑥ ~14歳~ 

最近舞台関係のネタがないので、思い出したようにまた書きます。

そういえば前回書いた「花月」のときに一つ大事なことが。
そのときがたぶん現在の師匠(って言い方はちょっと変だけどうまい表現が。。。男性の師匠)とお話した最初のときだったと思います。
確か切戸口で「緊張してる?」と聞かれ、「うん」とか答えたような。
ひょっとすると「コドモだってちゃんと緊張するんだよ~」とか小生意気なことを付け足したかもしれません。。。(汗)

その後は修羅物の仕舞や舞囃子を何番か舞いました。
「経政」「生田」「箙」など(「八島」もやったかも)。
修羅ノ型がカッコよくてしょっちゅうやっていたような気がします。

そうこうしているうちに中学生に。
その頃まで先代のご宗家に稽古していただいていたのですが、お忙しくなって素人弟子まで見られなくなってしまったとのことでした。
たしか1年生の終わりか2年生になったばかりの頃だったと思います。

僕も声がすっかり低くなってしまい、幼い頃から見てくださっている女性の先生とは声の高さが合わなくなってしまっていて、やはり誰か男の先生に見てもらったらどうかということになりました。
その男の先生というのが現在の師匠です。
僕は14歳。
師匠とは17違うので考えてみると今の僕の年齢とそう違わないことになります。

初めてお稽古に行ったときは謡・仕舞とも「羽衣」でした。
信高先生のお稽古のときはその日お稽古したところを先生が「アンショウ」と鉛筆で書かれ、次回はその部分を無本で謡うということになっていました。
先生は変わってもそれは変わりないと思い必死で覚えて言ったのですが、1週間の間に3ページは結構厳しいものがありました。
次のお稽古のとき謡本を出さないで謡おうとしたら、師匠のほうがびっくりされて「見ていいんだよ」とおっしゃいました。

もうそのときから14年。
早いものです。。。

[edit]

食いしん坊 

今朝師匠のお稽古に伺ったところ、夏の錬成会の写真をいただきました。
その中の1枚。
みなさんビンゴゲームに興じているのに僕一人一心不乱にご飯をがっついている写真が。
僕らしい…。

夜、ご飯を食べているところに近所の先輩からメールが。
焼肉行こう、というお誘い。
いつものことですが焼肉は別腹。
夜の9時からがっつり食べてきちゃいました。

ダイエットなんて言って舌の根も乾かぬうちに…。
でも、

うまかった。

[edit]

徒歩の旅 ①-2 

そんなこんなで國學院幼稚園の角を曲がり杉並区へ。
20061017225605.jpg

証拠のために写真を撮ってみたものの携帯のカメラでは限界が。。。
新しい区に入るたび撮ろうと思ったのですが断念。

進んでいくと國學院久我山中のグラウンドが見えてきます。
ちょうど休み時間なのかみんなバスケをしたりして遊んでいます。
僕が高校受験のときこの学校は男女別学になって間もない時期でした。
別学と言うのは同じ学校で男女取りながら授業やらは別々ということ。
当時は蛇の生殺し状態だ(笑)などと噂されていましたが、今はそんなことはないようで同じグラウンドで遊んでる様子が見えます。

ちなみに僕もここ受験したんです。
父の母校であり、かつ師匠の母校でもあるのです。
更に僕の当たった面接官の先生が師匠の恩師で「君、入れるといいね」とまで言ってもらえたのです。
何たるラッキー!
…でも受かりながらも辞退して都立高に行ってしまいました。
別に共学がよかったからとか軟派な目的じゃないですよー!!
公立のほうが学費安いですからね(親孝行!)。
でも今でも師匠に「あのとき入っててくれれば後輩になったのになぁ」なんて。。。
スミマセンっっっ(汗)

この後は至極まっすぐな道が続きます。
立教女学院、吉祥女子、東京女子大とお嬢様系の学校が次々と出てきます。
ちなみに女優の釈由美子は吉祥女子の出身で僕の大学のときの同級生の友達だそうで。
なので友達の友達。
どうでもいっか。。。

このあたりは事務所時代ふらついたこともあり多少見知ったところ。
ここは事務所もぉほどー近しとぉ、なんて鼻歌を…謡うわけありません。

ふと気がついたのですが消火器って23区と市部で違うようで。
最初は珍しいのがあるななんて思っていたのですが、三鷹市も武蔵野市も同じデザインでした。
上が区部、下が市部です(並べて表示する方法がわかんない…)。
20061017233024.jpg

20061017233244.jpg

ちなみに通学路を示す、電柱にくっつけられた「文」という表示も他の区は丸ゴシックなのに対し、杉並区は明朝体になっていたり(最近つけられたものは丸ゴシックのものもあるようです)と違うのです。

東京女子大から先ずーっとまっすぐな道。
法政一高が見えてきたと思ったら、ここで練馬区突入。
時間を見るともう13時をまわっています。
そろそろご飯をと思ったものの、完全な住宅街でお店らしい影もありません。

テクテク歩いていくと吉祥寺通りという少し大きな通りにぶつかりました。
ちょっと逸れてもどこか入っちゃおうかなと思っていたら、コース上少し先に行ったところにとんかつ屋さん発見。
近づくとちっちゃなお店であんまり流行ってそうな感じでもない。
でもここを逃すとまたしばらくないな、と意を決して入りました。
「あーら、いらっしゃーい!」
とおばちゃん、常連さんが久しぶりに来たかのような対応。
おじいちゃんおばあちゃんと言っては失礼かもしれないけど、それに近いご夫婦が切り盛りしているお店。
旦那さんのほうは「夕食ばんざい!」って言いそうな感じの人。
オススメのしょうが焼き735円の品を頼むと、ボリュームがあって案外おいしかったです。

しばし休息すると、足が結構疲れているのがわかります。
右足の付け根と脛のあたりがかなりだるくなってきました。
でもここは中央線と西武新宿線の間。
非常に中途半端な所なので進まねばなりません。

千川上水という小さなせせらぎに沿って道はまたしばらくまっすぐ続きます。
住居表示は練馬区関町北。
地図を見ると他にも武蔵野市関前、小平市関野町と関のつく地名が多く目につきます。
そういえば西武新宿線にも武蔵関という駅がありましたね。
調べてみるとやはり関があった関係だそうで(詳しくはこちら)。

地名つながりでいくと、東伏見というこちらも駅名になっている地名があります。
地図を見ていてふと疑問。
東はあるけれどそのほか西南北はどこに?
これも調べてみると別に伏見という地名が近所にあってその東というわけではなく、東伏見稲荷があることからだそうです。
このお稲荷様、京都の伏見稲荷と関係があるとのこと(勧請か分社なのかと思いきや協力という微妙な表現がされてます。なぜでしょう?)。
京都に対し東にあるということだそうでこの名の社となり、その付近の地名が東伏見になったとそういう流れのようです。

そこからもう少し北上。
早大東伏見グラウンドとの表示。
これはもしかしてそのうちハンカチ王子が練習するグラウンドか。
今は閑静だけど、そのうちごった返すんでしょうね。

そこからまたしばらく歩いて西武池袋線保谷駅に到着。
時間は間もなく15時。
ここから先はまたしばらく駅がないので今日はここでおしまい。


******************************************************
東京23区外周一周徒歩の旅 第一日目・記録
10時30分小田急線狛江駅発、15時西武新宿線保谷駅着
世田谷区、杉並区、練馬区と歩く

[edit]

徒歩の旅① 

10時ちょっと前、朝ごはんをガッツリ食べていざ出発。
最寄の駅に向かう途中、本屋さんへ。
家にも東京都の地図はあったのですが、大江戸線は開通してないし、保谷市と田無市がまだあるようなものなので新しいを買いました。

僕の住んでいる所から23区の端まではちょっと距離があるので、小田急線で喜多見駅まで行きました。
この駅を降りてすぐ世田谷区と狛江市の境になります。

実はまだ物心つかないくらい幼い頃、数年間だけこの近くに住んでいたことがあるのです。
ほとんど記憶はないのですがキョロキョロしながら歩いていると、あっという間にコースアウト。
結構アバウトなところもありますが、厳密に縁を進もうとしても道がないところがしばしばあります。
そういったときにはなるべくそれに近い道で内回りをしないようにを心がけて進めていきます。
とはいえ、最初のは完全にミス。
ま、狛江市側を通ったのでよしとします。

駅から北に進むと閑静な住宅街が続きます。
10数分ほど歩くと野川にぶつかります。
20061017221531.jpg

のどか~。
これだけ見ると23区下とは思えません。
かつて住んでいたのはこのすぐ近く。
高層(といっても当時の)マンション群なのですが、その中にプールがあってそこで遊んだ記憶がうっすらとあります。
その当時の写真を見ると女の子たちに囲まれているものが多くあります。
みんな少しおねえちゃん。
当時僕の住んでいた棟ではちっちゃな男の子が少なくすごく可愛がってもらえていたようです。
僕のモテ期はこんなところで消費してしまったのね…。

野川を渡るとほどなく世田谷区との境は調布市になります。
成城方面へ進みますが、高台なので坂が続きます。
なんとなしに高級住宅街っぽい雰囲気。
僕が歩いているのはその境、右手は世田谷区成城、左手は調布市入間町。
この数メートルの差で地価はうんと違うんだろうなぁ。
見ていると調布側なのに成城の名前を冠したマンションも。
ちょっと詐欺っぽいけど、東京ディズニーランドや新東京国際空港よりマシか。

ちなみに軽井沢っていうと何県を想像されるでしょうか?
大半の地域は長野県なのですが、北軽井沢という所だけは群馬県なのです。
以前群馬県出身者に聞いたら「軽井沢といえば群馬県ですよ!」と言われてしまったことがあるのですが、たぶん長野県っていう方が圧倒的に多いのではないでしょうかねぇ。

今住んでいる世田谷区は23区のなかでも大きな区。
かつては最大面積を誇っていましたが何年か前に埋め立てにより大田区に抜かれたそうです。
区民としてはちょっと残念。
それでも大きいことに変わりはない上、北部は区境が入り組んでいてなかなか次の区に着きません。
ようやっと最北の街(なんていうとなんだか寒そうなイメージ)北烏山に。
しかしここからが大変。行ったり来たりの繰り返しです。

三鷹市牟礼という町名が見えてきます。
実はこの町名、小さい頃から不思議に思っていたのです。
地名というのはなんとなく昔そういう所だったんだなとイメージできるものですが、この町名はちんぷんかんぷん。
特に「牟」という字が地名以外に熟語を思い浮かばせないのが原因だと思います。
これを期にちょっと調べてみたところ、牟礼というのは朝鮮語が語源のようで大昔この地域に朝鮮系の渡来人が多かったことによるそうで。
牟礼というのは山のようなといった意味で、たくさんの人がいたというあたりから転じたようです(諸説あるらしいですが)。

[edit]

徒歩の旅 ~プロローグ~ 

数日前ある先輩が、
「いつか東京を縁に沿って歩いてみたい」
なんて仰ってました。
東京一周となると東京最高峰の雲取山をはじめ奥多摩のほうの山間部を歩かなくてはならずこれは結構壮大です。
面白そうだな~と思うものの山は高尾山くらいしか登ったことがないので、僕にはおいそれとできそうにありません。

歩くこと自体は好きで、円満井会HPの能楽師紹介・趣味欄にも〝知らない土地をひたすら歩き回ること〟と書いてあるくらい。
僕の散歩歴(というか現実逃避的そぞろ歩き)は結構長く、最初は小学校5年生くらいのとき。
当時先代のご宗家に稽古をつけていただいていたのですが、先生は非常に褒め上手(師匠もそうですが)なので、しっかり稽古していくと笑顔で「よしよし」とおっしゃって下さったものでした。
子供心にも月1回の家元のお稽古は結構緊張していて、終わった後の開放感と褒められた嬉しさで荻窪の御宅から家まで歩いてしまったのです。
子供の足で3時間くらいかかり、やっぱり疲れましたし、途中行き止まりにあたって怖くなったり(杉並区は異常に行き止まりが多い気がする)しましたが、幼い頃体が弱く運動面で達成感を得たことが少なかった僕にとっては新鮮な感覚がありました。

その後高校時代に家から母方の実家のある八王子へ(2回に分けて)、大学進学が決まって暇で暇でしょうがなかったときに家から鶴川まで、大学の頃も中大多摩キャンパスから鶴川へ(到達地に鶴川が多いのは偶然そうだったのと小田急線の駅であることに加えその当時その地にいろいろとあったからです…)。
その後も地方公演にいったとき他のみなさんがタクシーに乗ってしまうところを歩いてしまったり、現在でも散歩癖は続いています。

そんな折。
体重計に乗ったらなんと74キロ!
重いジーンズをはいて手さげカバンを持ったままとはいえ、いっとき68キロまで落ちたのに徐々にリバウンド傾向になってきてしまいました。
月末には「清経」のツレもあることだし、ダイエットも兼ねていっちょやってみるか!ということで今日思い立つ旅ごろも。
東京一周は厳しいにしても、これならということで、

〝東京23区外周一周徒歩の旅〟

そんなことしてないで稽古しろよ!とお叱りを受けそうですが、足腰は能楽師にとって大事なんですっ!と言い訳をしつつ、次からスタートです。

[edit]

能楽殿…のはずが 

実家で稽古したあとお出かけ。
能楽殿がある神社が近所にあるということを発見したので行ってみることにしました。

自転車を進めること10分。
あぁこんなところに神社があったのかぁ、という感じ。
近くに幼稚園があるようで敷地内にある公園には幼児がたくさん。

階段を上ってみると、お!あった!!
…けどこれちっちゃくない?
上のほうに看板っていうかなんていうんでしょ、額というかなんというか。
草書のような字でしたがどう見ても能楽殿とは書いていません。
たぶん「神楽殿」だな、これは。

神楽殿というのは近所の神社2箇所にも発見しました。
2回りくらい小さくて切戸、橋掛りがありません。
今日行ったところは橋掛りとおぼしきチョロっとしたものはありましたが。
残念。
てか、こんな立地のいいところに能楽殿があったら誰かが催しやってますわな。

でもこの神楽殿でも子供なら充分舞えるひろさ。
法人案内ができたらこの幼稚園に営業に行ってみようかな。
幼稚園サイドとしても能ができる幼稚園ってなると少子化の中特色が出て悪い話じゃないと思うし。
ダメでもともと、いろいろ当たってみよっと。

[edit]

今日から3連休 

オーブンレンジが壊れてしまいました。
オーブン機能は使えるのにレンジだけダメみたい。
おとといこの上でスープをこぼしてしまったのが原因のよう。
お弁当用の冷凍食品を温めようと思ったら発覚。
レンジには結構お世話になっていたんだなと実感させられました。

では、と前に妹からもらったレトルトのハヤシライスの箱を開けると、
20061015222646.jpg

ありゃま。
このあたり券は妹にあげました。

ちなみに妹、今朝会ったら髪が緑色に。
別にイカレちゃったわけじゃなくて、すぎなみ環境賞なる式典にでるためとのこと。
3年前からこの賞のポスターを作っているのですが、授賞式のときにポスターに描いたキャラクターに扮して出るそうなのです。
1回目のときはキャラクターの服が複雑で何日か夜なべして作っていましたが、今年は比較的簡単なものだったのでチョイチョイで済んだようです。
怖いもの見たさで見に行ってみようかなとも思ったのですが、やっぱりやめ。
そのうちネットで出るかもしれません。


実は今日から3日間オフ。
どっか旅行でも行っちゃおうかなとも思ったのですが、月ノ巻の原稿があまり進んでいないのでそれをやることにしました。
昼前に事務所に行き「花筐」クセ「百万」笹ノ段にかかりました。
このあたりは次のクセ、「富士太鼓」「二人静」「舟弁慶」とどれも長い仕舞だらけで大変です。。。

やりながらFC東京の試合経過をネットで見ていたら…。
降格が冗談じゃなくなってきた…。


17時過ぎに事務所を出て帰りヤマダ電機に寄り道。
録再MDウォークマンを買い換えようかと思ったのですが、おや?
今まで花形のようにオーディオプレーヤー売り場に陣取っていたのに、その場をi-podなどイマドキの機械に譲って、片隅のほうにちょこんと置いてありました。
見れば数年前に買った僕が今使っている機種もあります。
ということはもう新製品の開発にも力が入れられなくなっちゃっているということなんですね。
時代の流れなのかなぁ。
でも今流行っているのってメモリーが一杯になったらPCに入れていかないといけないわけですよね。
それが面倒だし、PCに入れてもPC自体がおじゃんになっちゃったらアウトなわけですよね。
ま、バックアップとっておけばいいんでしょうけど…どうもなぁ。
いつの間にかアナログな人間になってしまったようです(MDもデジタル録音ではあるけど)。

今日は喉やすめ。
明日からまたバリバリ稽古します。

[edit]

パッチを買いに 

昨日の深夜1時、
 ドカン!バタン!
またも階下のカップルの痴話喧嘩です。
どうも今度は男のほうが浮気でもしたようで。
女のほうがガーッとまくし立てて、時折男がうるせえよ!とか言い返してる声が聞こえてきます。
そんなに感情むき出しにできるのってある意味すごい。
僕は子供の頃以来ないわ。
どうでもいいんだけど、何で彼らはもう少し早い時間にやってくれないのかなぁ???


それはさておき、先日の定例能に来て下さった方美大の院生の方から招待券をいただいたので、竹橋の近代美術館に行ってきました。
20061013215247.jpg


お世辞にも美術に詳しいとはいえず、それどころか中学のときなんか一度評定で「2×」(2バツ)という限りなく1に近い2というのをとったことがあるくらい。
なのに生涯2度入選したことがあります(えっへん)。
1度目は小学生のときの消防車の絵。
2度目は中学生のときの版画。
これは友達をモデルにしていたのですが、描いていくうちにどんどん悲しげになってしまい「不況にあえぐロシア人」なんて適当な題をつけたら通ってしまったのです。
どちらも120%偶然の産物。
僕のものになるはずだった美術的才能は全部妹に持っていかれてしまったようです。

でも絵を見たりするのは好き。
このタッチがどうこうなんてことはさっぱりですが、なんていうのかな、カッコつけた言い方ですが、絵が触媒になって自分の中で何かがうごめくようなそんな感じがなんとなしに。
こういうものを見ていると思うのは、言葉のカバーできる範囲なんて多寡が知れてるなぁということ。
その場で見ていてあぁいいな、と思っても全くその感情に当てはまる言葉が出てこない。
だからこそこういう表現方法というものがあるんでしょうけど。

抽象画を見ていると、これ僕でも描けるんじゃないの?と思えるような作品がままあります。
でも、よく言われることですが、上手い人ほど難しいことをなんでもなくやっちゃうということがあります。
能の世界でもそう。
上手い人ほど難しいことを本当になんでもなく美しくやってのけてしまいます。
簡単そうじゃん、と思って実際やってみようとするとあれあれ?なんか違う?となるわけです。

こういう作品の見方ってのはよくわかりません。
でもわかるとかわからないとかっていうものじゃないような。
感じるというほうが近いかも。

ん?
能が好きな方でごく稀に全く下知識がない状態でご覧になってハマってしまう方がいらっしゃいますが、そうした方っておそらくご自身のなかである尺度みたいなもの、マニュアルとかいった言葉で表わされるような表面的な方法論ではなくてもっと深い価値基準みたいな、そういうものをお持ちなのではないでしょうか。
その尺度が能というワケノワカラナイもの(僕自身今でもそう思っている部分があります・笑)に出会うことで、体のなかで不思議な形に膨らんでいくのではないでしょうか。
ふと思った全くの推論ですけど。

楽しいのですが1時間も見ていると歩いているだけなのにヘトヘト。
頭が麻痺していくような感覚を覚えます。
所蔵作品展のほうもまわったのですが、勿体ないけれどざーっとまわるだけでおしまいにしちゃいました。


その後パッチを買いにいせやさんへ。
パッチというのはこんなもの。
20061013230944.jpg

ももひきの先に足を通すわっかがついています。
って、こういう形状のものをパッチというのだと思っていたのですが調べてみるとどうもこのあたりの定義は曖昧なようで。
パッチというのは朝鮮からの外来語らしく、ももひき状のものであることのみ共通しているものの地域によってだいぶ指すものが違うようです。

なにはともあれ、今まともに履けるパッチは我が家にひとつしかなくなってしまい、他のは破れて太ももがセクシー、かつゴムが伸びきってしまってびよんびよん。
ひとたびこれを履くとそのあまりにも無様な姿に誰もが苦笑を禁じえないというとんでもないシロモノです。
ま、紋付に着替えるだけなら見られないようにこそこそ着替えればいいのですが、今度ツレ、シテと2日続けてお役があるので買っておくことにしました。
1本2100円は結構高いですが。。。
でも装束着けてもらっているときにパッチがダラーンはちょっとはずかしすぎですもんね。。。


その後国立へ小鼓の稽古。
太鼓物序ノ舞をやっているので「六浦」を稽古していったのですが、「金春流でこの曲はやったことないよ」と先生。
ごくごくオーソドックスな三番目物なのですが、かえってオーソドックス過ぎてあまり上演される機会はないようです。
今度はもう少しメジャーそうなのにしようかな?

[edit]

大変だけど 

2日続きの研究会。
今日は若手中心の会。
昨日書いた「車僧」の地頭のほか「淡路」「葛城」「生田」の地謡を勤めました。
地頭をさせてもらうのは久しぶりなので、道々なんだか胃がチクチクするようでした。

「車僧」は3曲目。
シテが急病のため変更。
昨日急に決まったそうで大変です。
シテに負担をかけないよう地謡としてしっかり謡わなくちゃと気合がはいります。

地謡は2人編成の予定だったのですがもう1人も休み。
1人きりの地謡です。

天狗物なので強い謡を心がけました。
謡っているともちろん大変なのですが、やっぱり楽しい!
早くどんどん地頭が出来るようになりたいですね。

楽しくてかつ結果としてうまくいけば言うことないのですが、なかなかそうはいきません。
間を外してしまうことはなかったものの、位(くらい)がよくわかりません。
謡い出してすぐのところで囃子方からブレーキをかけられてしまう箇所があったり。
終わったあとご宗家から「よく覚えたけど、キリが速すぎ。昨日の教訓が生かされていない」とバッサリ。

あったりまえだけどそう簡単にいい地謡って謡えません。
でもこれは経験。
来月は「半蔀」の地頭をさせていただくことになっています。
こちらのほうが近いけどややこしい手はあるし、間も難しいところがあるし、それに長いし大変。
でもめげずに頑張りますっっ。
(もっともめげるよりも楽しみのほうがずーっと大きいのだけど)

帰り、早速録音を聴いてみようとしたら…、
その前の「葛城」で切れてやんの。。。
また原因不明のいきなりバッテリー切れ。
こんにゃろめ!買い換えてやる~!!



実家に叔母からみかんが届いていたので(三重でみかん農園をやっているのです)いくつかもらってから帰宅。
その帰途、少し行ったところでなぜか小中学校のときの同級生の顔がふっと浮かびました。
特別親しいというわけではないのですが、年に数回飲み会に集まるメンバーの1人というところ。
2・3分歩いていると、その子にばったり。
ちょっとびっくり。
照れくさいのでそのことは言わなかったのですが、なんとなくばつが悪かったので持っていたみかんを1つあげました。
ちょうど好物だそうで嬉しそうにしてくれました。

へんなの。

[edit]

テレビ放送と裁判員制度 

さっきテレビで奈良女児殺害事件の特集をしていた。
死刑囚を最もよく知る人物として主任弁護士が登場し、事件の真相がわかるのかと期待して見たのだけど、それはひどい内容だった。

事件は凄惨なもので、再犯防止の点からみても終身刑のない日本で死刑に処するのはやむをえないかと思う(今までの死刑の構成要件からすると厳しい判決のようだけれど)。
被害者感情を汲んで、その悲惨さからこういう事件を起こしてしまうのはいけないことだと訴えかけることも重要だけど、事件を起こすことになった経緯を知ることももちろん大事。
そんな製作者側の意図をコメンテーターは全く理解できていない。
特に「それはエクスキューズになりませんよね」などと抜かした奴などは論外。
無駄に英語を使う輩ってそれだけで自分は頭悪いですよって言っているようなものなのに、更に輪をかけてこの発言。
刑事弁護の意義があたまからわかっていない。

確かにこの弁護士も初めから態度が硬い感じだったし、「自分たちが充分に成果を上げた」なんてことを言ってしまったもんだからその場にいる人間はカチンさせる部分があった。
理論的にも幼い頃の詩が感受性豊かだったからこのような事件を起こすのは直接結びつかないとか、イジメがなかったなら今回の一件はなかったの一点張りでは確かに説得力に乏しい。
メディア慣れしていないとはいえ弁護士としての能力には疑問を感じるのは否定できなかった。
でもとにかく公判を長引かせて延命措置を取ろうという人ではないなという印象は受けた。

弁護士としての能力に対して厳しい意見を言うならまだわかるけど(番組の趣旨からは外れるだろうが)、犯人と弁護士を同一視して叱責しようなんてのは愚かという以外にない。
結局真相追究というより吊るし上げにしようとするような悪趣味な内容になってしまい、えらく後味の悪いものになってしまった。

裁判員制度がもうすぐ導入される。
このコメンテーターのような輩に同調する人が多いとは思わないが、今後裁判は正しい判決を下せるのだろうかともやもやとした不安を覚えた。

[edit]

「清経」ツレの型 

午後、研究会。
最初は女性の「清経」
今までツレか地謡かどちらかを必ずやらせていただいていたので、正面から見たのはこれが初めてでした。

この曲のツレの型には2つのパターンがあります。
ワキから形見の守袋を渡されるのですが、この扱い方が異なるのです。
1つは「うさにぞ返すもとの社へと」の謡のあと守袋を置いてしまう(あとで地謡が取っておく)方法。
これは謡と型が合った感じになります。
もう1つはこのあともしばらく持っていて、三ノ同「げにや形見こそ、なかなか憂けれこれなくは」と形見を見てから置く方法。
これだと返したはずの形見をまだ持っているのでちょっと謡とはズレているような感じはするのですが、この形見を見る型がちょっとイイのです。

古い型付けには後者のほうが記されているらしく、以前は守袋のほかにもうひとつ小道具を使ってそちらを途中で置いていたとかいないとか聞いたことがあるのですが、そのあたりはっきりとはわかりません。
今は理屈にあった感じの前者でやるパターンが多いようです。
今度僕がツレをやるときはどちらにするか検討中ですが(僕が決めるというよりシテが決めることなのですけど)、今日は前者の型でした。

その後舞囃子「淡路」半能「車僧」の地謡。
この「淡路」という曲、〝急ノ舞〟という舞が入ります。
読んで字の如く非常にスピードの速い舞です。
この曲のほかにも「道成寺」「紅葉狩」(「紅葉狩」は中ノ舞の途中から変わります)にありますが、いずれも大小物(太鼓が入らないこと)で、太鼓が入るのは〝金春流謡曲名寄〟を見ているとこの曲のみのようです。

感想。
速いです。
ご覧になりたい方は30日に東海大学に来ていただくか(入場無料)、来年秋の定例能にお越し下さい(宣伝)。
あまりご覧になる機会はないと思いますのでゼヒ!

ちなみに調べてみたら6年前に謡っているのですが、まだ右も左もなーんもわからない頃。
とにかく覚えるのが大変だったという印象だけはあるのですが、詞章の記憶はさっぱり。
今回謡ってみるとこの謡った「源太夫」と同じく三ツオクリなんていう珍しいものが。
他にも拍子当りのややこしいところがいろいろと。
今日、2箇所思いっきり外しちゃった…。
明日も謡うので今度はちゃんとせにゃ!

「車僧」もそう近いとはいえない曲です。
4年前に一度能があったのですがそのときは副後見だったので地謡は初めて。
気合入れて謡っていたら最後のほう声が裏返りそうになってしまいました。
実は明日この曲の地頭をやらせていただくことになってます。
頑張るぞー!

[edit]

鎌倉へ 

日付が変わってしまいましたが昨日今日と鎌倉薪能に出勤してきました。
今年で48回目を迎える歴史ある薪能です。

金春流は両日とも素謡「翁」能「紅葉狩」
他は能「忠度」を初日が宝生流、2日目が観世流で、狂言は両日とも「蚊相撲」を和泉流で、という番組でした。

僕は「翁」の地謡を両日、「紅葉狩」を昨日は地謡、今日はツレを勤めました。
金春流の曲はフル出場です。

お役は実はそれ以外にも。
この催しはいろいろな神事があります。
その中に奉行僉義と神酒賜りの儀というものがあり、これは一部能楽師も参加します。
参加します、っていってもたいしたことじゃなく、半幕の後ろで平伏していたり、膝行(しっこう:両膝を交互についてにじり出ること)して神酒をいただくだけなんですけど。
2日で一つずつやらせていただきました。
やってみるとそれだけとはいえ慣れないことでちょっとどきどきします。

毎年台風やらでお天気が心配される催しなのですが、今年は両日とも全く心配のない快晴。
少しでも心配があると一部を省略して上演することが多いのですが、今回は通しで上演することができました。

両日とも帰宅は12時過ぎ。
さすがにちと疲れました。。。

[edit]

初心 

3日間お邪魔した薪能も最終回。
今日は能の前に舞台で行われている狂言を途中から拝見しました。

同じ舞台でやってるんだから能やってる人は狂言もよく見てるんでしょ?と思われそうですが、実はほとんど見れません。
狂言は能と能の間に催されるのですが、この間僕みたいなペーペーは次の準備やら後片付けやらでてんてこ舞い。
と普段はこうなのですが、今日はあと一曲だけで、その装束付けも早めに終わったので途中からですがじっくり拝見させていただきました。

曲目は「月見座頭」
恥ずかしながらストーリーも全く知らない曲でした。

拝見し終わると、…しんみり。
曲の展開などはいろんなサイトを検索していただければわかると思うので割愛。

やっぱり古典の底力はすごい。
それをそのままストレートに演じれば見ている人に強く伝わっていきます。
ストレートに演じるというのは消極的な意味ではなくて、積極的にその曲本来の意図を正しく汲み取ろうとすることではないでしょうか。
今回のシテはご宗家のご舎弟というベテランの先生なので、もちろんストレートよりはるかに上のものがあるのですが、基本の芯があってこそということが痛烈に感じられました。

自分はどうか。
自分なりにどう解釈するかという方向ばかりに目が向いていて、その曲本来のものからどんどん逸れていっていました。
そうすることがすぐによい結果に繋がらないことはわかっていましたが、あえてそういう辛い寄り道をすることが将来的に芸を大きくするのではないかと思っていたのです。
しかしどうもそれは単なる道草で、上達する道とは何にも関係のないことだったのではないかとこの曲のあと考えさせられました。

先代のご宗家がかつて「初心」についてご自身の見解を書かれていました。
初心についてはいろいろな取り方ができるけれど、先生が書かれていたのは全く異なる見方。
たしか「それに本来備わっているもの」といったことだったと思います。
そうすると「初心忘るべからず」は、能でいえば曲解せずにその曲本来の意味をみつめることを忘れてはいけない、といった意味になります。
初めて拝見したときは正直なところ「ふ~ん」で終わっていたのですが、今になると強烈な説得力をもって響いてきます。

今日が能楽師としての一つの転機になればと思います。

[edit]

流れ 

昼前から稽古会。
「猩々」を舞い、「紅葉狩」「清経」のツレを勤め、「生田」の地謡と盛りだくさん。

それぞれに課題が。
特に「清経」はたくさん。
過去勤めた経験があるので絶句なんてことはないのですが、「意味的にこんな感じかな?」で繋がってしまって詞章がかえっていい加減。
当然フシも危うくなってしまいます。
更にその絶句はないという変な余裕から欲が出てしまってか、それが逆に作為的に見えてしまい逆効果。

もうひとつ。
言葉単体に思いを込めてようとすると流れが切れてしまうということ。
前にも他の方から指摘されたことがあるのですが、謡のブツッと切れてしまう癖があるようです。
〝流れ〟と一言で言ってしまえば簡単ですが、これを客観的に観察するのは非常に難しいことだと思い知らされました。


その後先週もお邪魔した薪能へ。
今日は生憎のお天気のため室内でろうそく能となりましたが、これもまたいい雰囲気。
謡い終わって扇を置きその余韻を楽しんでいたら、最後にミス!
附祝言があった…。
後見が作り物をひいたのを確認し、袴から手を出してから一瞬挙動不審になってしまいました。

いつも1曲のみのときまたはトメの曲で地謡に出る前は、切度口で必ず「附祝言は」と確認するのですが、今回は連続公演のため暗黙の了解に。
でも後見とはいえ1度舞台に立っているし、番組にも毎回きっちり〝附祝言〟と記されていました…。
うーん、注意力散漫。。。

[edit]

ワインと猩々 

昨日はちょっと深酒をしてしまいました。
装束出し、事務、稽古のあと、以前にもお邪魔した研究生の御宅へ。
「黒塚」のときお相手していただいて、その反省会…が表向き。
よかったら使って下さいということで招待券を何枚か差し上げたのですが、来て下さった方の中に酒屋さんがいていいワインをくれたので一緒に飲みましょうということだったのです。

今回もおいしい料理とワインをご馳走になりました。
前菜からしてこうですもん!
20061005202406.jpg

メニューは、
ま、とりあえず食べててという栗
写真のサラダ
パン2種
バジルのパスタ
ローズマリー風味の鶏のグリル
舞茸のスープ
炊き込みご飯
デザート
白ワイン2種、赤ワイン1種

いやー、お腹いっぱい。
ちなみにデザートは僕が買ってきたのですが、日比谷線のひどいラッシュに巻き込まれ大変なことになっていたそうです(うまく盛り付けてくれましたが)。
出していただいたワインはえーとオスピス・ド・モ…なんとかとピュ、ピュ……なんだったっけ??
おいしかったのでちゃんと名前を覚えたつもりだったのですが、ずいぶん酒がまわってしまったようです。。。
今回改めてびっくりしたのがグラスのちから。
同じワインを何種類かのグラスに注いでもらったのですが、あら不思議!
こんなにも感じが変わるんですね~。
なんでも一番おいしく感じたグラスはひとつ1万円以上するそうで。
ひゃー。


結局終電間近で帰宅して、今日の午前中はなかなかシャキッとできず、昼近くなってから行動。
途中予約していたカイロに行きつつ、実家で稽古。
明日稽古会があるのでその準備。

「清経」のツレは今度で3度目なのですが、謡の分量が多くて大変。
おまけに感情の変化が大きいのでその辺をどうするか、あまり大げさになって能らしくなくなってもいけないし、地味すぎてもつまらない。
同時にあまり熱が入りすぎてツレらしさがなくなってもいけないので本当に難しいところです。
「猩々」も舞わせていただくことになっているのですが、これまた難しい。
つかみどころがありません。
酒飲みの妖精が楽しげに舞を舞うというわけですが、いったいどうしたらいいんでしょう???
流れはゆったりしているのですが、だからといって丁寧な感じになると三番目物と変わらないし、あんまりテキパキやろうとすると猩々じゃないような気がするし。
あと4週間あるのでじっくり取り組んでみようと思います。

[edit]

能楽史 受講 

今日から国立で講義を受けることになりました。
〝能楽史〟なるもので、研修生・研究生対象。
研究生は自由参加ということでしたが、今後解説や講座等の仕事があった場合には必要な知識。
断片的に物事は知っていましたが、体系的な講義を受けたことなどはなかったので喜んで受講させていただくことにしました。

出稽古から駆けつけ10分前に到着。
みんなもう来ているかな?と思いきや僕が最初。
最初…、というか最初で最後でした。
他何名か受講者希望者がいたのですが能繁期真っただ中の10月、みんな今日は都合がつかなかったそうなのです。
こりゃ休講になっちゃうかな?と思いきや予定通り開講となりました。

講師は國學院大學講師岩崎雅彦先生。
学者の先生としては確実にお若い方です。
自己紹介をしていただいたあと早速講義へ。
こういった講義って大学の授業以来だし、おまけに1対1。
贅沢だなと思う以上にちょっと緊張しちゃいます。
非常に淡々と進みましたが、理路整然としていて興味をそそられる講義でした。

今日は観阿弥の出自と大和猿楽四座(結崎、外山、円満井、坂戸)がそれぞれ現在の観世・金春・宝生・金剛へと変わっていくところまで。
円満井座から金春座といった変遷は、あるとき看板をかけかえたというわけではない、というところは今までの知識としてありました。
今日の先生の表現を拝借すると、翁を舞う集団である円満井座の一部門から演能部門である金春座が独立したという感じとのこと。
大和猿楽四座はひたすら翁を舞っていたのかと思いきや年に3回舞うことだけが義務であったそうで、主幹事業はこれだけであれば時代の流れにのって能という一部門が独立していったこともなるほど理解できます。
細かいことは次回の講義になるようなのですが、これから楽しみです♪

[edit]

久しぶりのお見舞い 

今日は一日仕事はなく正真正銘〝ヒマな児(こ)〟(某先生のブログを参照のこと)
久しぶりに祖父のお見舞いに行ってきました。

行く前実家に寄ったところ母から密命を。
…ってたいしたことないのですが、好物のお汁粉を作って食べさせてあげてとのこと。
病室ではダメなのでまず車椅子に乗せて下の面会室に連れていきます。
お湯を注げばいいだけのインスタントですが、歯が入っていないので白玉は取ってあげて熱いのには注意してとのことでした。

さて電車に揺られ40分、乗り換え駅に到着。
ここは祖父の家の最寄り駅。
マックで軽い昼食をとったあと、少し時間があったので駅前のかつての忠実屋(今はダイエー)に入ってみました。
ここやや複雑なつくりになっていて小さい頃は迷路みたいに思っていました。
今なら大丈夫だろうと思ったのですが、やはり今日も迷いました…。
そんなに広くはないのですが出口が妙にいっぱいあったり、階段の位置がなんか変わっているのです。
ぶらぶらまわって2階へ。
よく連れて行ってもらったおもちゃ売り場のスペースは生活雑貨売り場になっていました。

電車を乗り継ぎ、送迎バスに乗り病院へ。
祖父は目をつぶっていましたが、スタッフの方が声を掛けるとすぐ気がつきました。
昨日から少し微熱が出たそうですが今日はもうだいぶよくなったとのこと。
でも車椅子にのせるのははばかられたので密命終了。。。
いつもはよく話すのですが、今日は体調のせいか言葉少なでした。

どうも祖父はこのフロアではアイドルのようで代わる代わるスタッフの方が来てくれました。
2番目に来た方が祖父に「この人誰だかわかる?」と聞くと、なぜか
「きょうこちゃんだろ」
ついに女になっちゃったか僕は。。。
「オレの妹だ」
と言っていましたが祖父の妹はおろか、親族にそんな名前の人はいません(以前両親に聞いて家系図を作ったのです)。
誰だ???とりあえず母には内緒にしとこう。

僕の名前を言ってみればわかるかもということになり、スタッフの方が耳元で言ってくれたのですが、このやり取りが妙。
祖父にはまあくんと呼ばれていました。
アクセントが「あ」のほうにくるのが祖父の呼び方の特徴でした。
スタッフの方は普通に「ま」にアクセントがくるほうで祖父に「まーくんが来たって」と。
そうすると祖父、
「マーチンか」
「いいやまーくん」
「マーキン」
「まーくん!」
「マーキン」
「じゃなくてまーくん!!」
「あぁ!マーキンか」
…って全然話が進みません。
でも徘徊やずーっと同じことを繰り返す患者さんが多い中で、祖父とのこういう会話はスタッフのみなさんにとってはほっと一息つけるのかもしれません。

数分のやりとりのあとようやっと僕の名前を言ってくれたのですが、
「俺の息子だ」
と言い出します。
娘3人だけのはずなんだけどなぁ。

3人目の方が来たときは急ににっこりして
「彼女か?」
と。
いやー僕は確かに老けて見られるけど、あちらの方はどう見ても50代なんですが。。。

50分ほどいて「じゃあね」と言って帰ろうとすると、僕が病室を出る直前に「じゃあね」と言ってくれました。

その後この前と同じように隣の温泉へ。
今日は結構混んでました。
帰りの送迎バスの時間が半端なので1時間半ほど長湯。
そろそろかなと思って出てみるとネットで見た時刻表と違う!
あと2時間来ない。。。
歩こうにもバスで山道20分くらいかかった距離。
から歩いたら1時間じゃ到底済まないでしょう。
どうしたものかと考えていると、、、そうだ、路線バスがあった!
バスの通っている道まで10分ほど歩くとありました、バス停。
さてどんだけ走っているのかな???
20061003003300.jpg

…予想通り。
でも運よく25分後に次のバスがあります。
ちなみにこの時刻表
 道路混雑のため時刻表どおりの運転ができないことがあります
と都心部と同じようなことが書いてありましたが、それはないでしょ。
野菜の無人販売所で茄子を買ったりしているうちに定刻どおり来ました。
バスに乗ってびっくり。
傘を売っているのは珍しくなくなりましたが、お菓子まで。
柿ピー、リッツ、ボンタンアメなど。
どれも1つ100円ですから良心的です。
でも売れるの?
結局駅まで客は僕1人だったし、途中の停留所案内の車内放送のときに
「皆さんの路線バスを維持するためにご利用をお願いいたします」
なんてアナウンスが。
突っ込みどころ満載だったので運転手さんと話してみたかったのですが、大型車のでっかいハンドルをぐいんぐいんまわしながら山道をおりているのでなんとなく声を掛けられませんでした。
残念。

あれだけお湯につかると疲れが出たのか、さすがに帰りは眠く謡本はほとんど開けられませんでした。

[edit]

鬼門 

先日書いた申し合わせの本番でした。
今日は装束の運搬がなかったのでちょっとだけゆっくり。
でも、駅まで行って忘れ物発覚!
戻っているほどの時間はなかったので断念。
せっかく金曜日に頑張ってつくった事務資料なのにー。

開演1時間50分前に到着しましたが、着くなりすぐ作り物の準備。
つい最近もありましたが「枕慈童」の作り物は大変。
トメなのでこの曲の開演はまだまだ先なのですが、釘を打つ音が見所にまで響く恐れがあるので開場前に作っておかなくてはなりません。
今回は通常通り造花でしたが、色合いはこちらのほうが鮮やかだったかもしれません。

初番は「景清」
今回は〝松門之会釈〟(しょうもんのあしらい)という小書つき。
シテが謡い出す前に特殊な笛が吹かれます。
珍しいので録音をとろうと思ったのですが、見事にバッテリーオーバー。
もう一つ狙っていた盤渉楽も録れずじまい。。。

さて「巴」の地謡。
つい最近謡ったばっかりなので暗誦はバッチリ。
思い切って謡ってきました。
途中思わぬハプニングがありましたが地頭が冷静に対処され大事には至らずに済みました。
この前は地頭がご宗家だったのですが、今回地頭をされた先輩は40になったばかり(見かけは僕のほうが年上に見えるそうです。一回りも違うのに…)と非常に若い編成。
今日は「行けども悲しや」のところで地頭のこうしたい!という意図が伝わってきたのですが、見所まで届いたでしょうか?

最後は鬼門の台後見。
申し合わせのときに入念に位置をチェックし今度こそ!と思ったのですが…。
シテが座る鬘桶を持ってもう一度舞台に出たところ、主後見の先生からもうちょっと前へ出してと目配せが。
この曲はシテが横に下ります。
「紅葉狩」「竹生島」など作り物に入って中入となる曲は一畳台の後ろを通るのでその分のスペースを空けておかねばなりません。
今回は横に下りるだけですし、特に国立は舞台がやや狭いので舞うスペースを少しでも広く確保できるよう後ろは囃子方が楽器を置ける程度あれば大丈夫…と思っていたのですが、いまひとつ考えが甘かった。
引き廻しを下ろすのに後見が通るじゃない…。
特に今日の副後見は少し横幅が広め。
そういったことを考えればもう少し前に置くべきでした。

つい最近も見ているはずなのに。
勉強不足、注意力不足です…。

[edit]

プロフィール

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

リンク

カレンダー

RSSフィード

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

カウンター