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「じゃあな」 

昨日は通夜、今日は葬儀告別式でした。

対面した祖父はあまりにも穏やかな顔で、本当に眠っているようにしか見えませんでした。
棺に入った姿を見ても悲しいとかそういう感情が起こってこないほど安らかな様子でした。

棺にいろいろなものが収められていきます。
叔母曰く祖父が好きだった警察時代の帽子制服が入ると、なぜか「ああ、もうこの世の人ではないんだな」という感覚を覚えました。

あくる日中央道に乗って斎場へ向かっているとすごくキレイな富士山が見えました。
前日の季節外れの大嵐から一転、この日は澄み切った空のぽかぽか陽気でした。

車中、母が「アンタ、こういうときに何か謡うのないの?」と。
追善のときに謡われるのはつい先日も謡った「融」、他は「海人」「江口」「卒都婆小町」といった曲が挙げられます。
「卒都婆小町」はあまり謡ったことがなく、「江口」はどこから謡ったらいいのかはっきり覚えていなかったので「海人」か「融」かになったのですがあとは自分の好みで「融」にしました。

葬儀が始まりお経が読み上げられてお焼香が一段落したときに、弔歌という形で謡わせてもらうことになりました。

正直、声を出すのは少し怖かったです。
僅かな心の揺れでも声にははっきり表れてしまいますから。

遺影に向かって「月の都に入り給うよそおい…」と謡っていると不意に昔の情景がよみがえってきました。
祖父の家から帰るとき50メートルほど先の角を曲がるまで、祖父母はいつもずっと手を振っていてくれていたものでした。
祖父が天に昇りながら「じゃあな」と時折こちらを振り返り手を振っているような感じがしてすごくこみ上げてくるものがありました。
けれどここで謡をとめるわけにはいきません。
僕はこれでもプロの端くれです。
ゆっくり間を取りながら「名残惜しの面影」と謡いきりました。
大人になってから祖父に聞いてもらったのはこれが最初で最後となりました。

そして棺を花で満たし出棺となりました。
このときがやはり一番辛いものでした。
娘である母や叔母たち、従姉たちはさすがにこらえきれないようでした。
ただでさえ涙腺が緩くなっている僕もあふれてきそうになるものがありましたが、祖父の子や孫のなかで僕は唯一の男。
ここで涙を流してしまっては祖父に叱られてしまうような気がしたので、とにかく必死でこらえていました。

火葬場での待ち時間のとき叔母が僕に話をしてくれました。
僕がまだ幼い頃、祖父が電車を見せに連れていこうとしたそうです。
でもその日はあいにく雨。
そこでおぶい紐で僕をおんぶし、風邪をひかないように上から半纏をかけてまで連れていってくれて。
祖母はなにもそこまでしなくてもと止めたそうですが、男の子は電車が好きだから、とそんな無理をしてまで行ってくれたのだそうです。



僕が死というものを最初に認識したのは幼稚園生の頃、祖父母の家から帰るときでした。
いつものように手を振ってくれる祖父母を車の後ろのガラス越しに見ながら泣いていました。
その晩布団に入るとまたそのときの感覚が思い出されてずーっと声を殺して泣いていました。
おじいちゃんおばあちゃんはもう歳をとってるから先に死んじゃうんだ、もうこれで会えないかもしれないんだ、という恐怖にとらわれてしまったのです。
翌日ぐっしょり濡れてしまった枕をみて母が不審に思っていたのをよく覚えています。

そのときから20年以上の歳月が過ぎ、祖父母とも天に昇りました。
28という年齢はまだまだ自分の死を認識する年齢ではありません。
でも20年過ぎたということは僕もそれだけ確実に死への階段を上っているとも言えます。

今の日本人の男性平均寿命は72歳くらいだったと思います。
そうすると僕に残された時間は44年。
僕に課せられた使命を果たすのに充分な時間かというとどうか。
でも時間は有限だからこそいいんですよね。

役目を終えて僕も向こうへ行ったとき、祖父母によくがんばったねと言ってもらえるように。
そうなるよう信じた道を進んで行きたいと思います。
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今年最後の大舞台 

今日はついにビッグイベント! 某人間国宝の先生監修の稽古会でした。
昨日から生活サイクルを朝型にして6時半起床、8時半に国立に乗り込みました。

出席者は総勢16名。
シテ方は6名でうち金春流は4名。

僕が舞うのは「弓八幡」
舞囃子の場合神舞三段になることが多いのですが今回は五段。
五段は久しぶりなので今日までしっかり舞い込んできました。
…それでも、非公開の稽古会とはいえ出番前って本当ーに緊張します。
逃げ帰りたいような感覚とすごくワクワクするような感覚。
このギリギリな感じって実はすっごくやみつきになってしまうのです。

緊張の要素はもうひとつ。
今年6月に舞囃子「小督」を舞ったことは以前にも書きましたが、このとき今日監督される先生が偶然ご覧下さっていて褒めて下さったのです。
当日監督に見えていた宗家に、そして後日別の会のとき師匠のお父様のところへわざわざいらしていただいて。
今日はそのとき以来見ていただく機会なのです。
「見当違いだったか…」なんて思わせてしまったら本当に申し訳ない!
当然気合は入りまくります。

とりあえず大過なく終えたのですが、昼食(先生のおごりです!)休憩を兼ねて講義室にてみんなで午前中の稽古をビデオチェック。
すると…、

一歩が大きい…。

これはちょうどその「小督」を舞ったときに師匠からご注意いただいていたところなんですが、まだ体に叩き込まれていなかったようです。
神舞という速い舞になるとどうしても気が急いてしまうのでしょうが、皮肉なことに速く進もうと一歩が大きくなると逆にスピード感がなくなって動きはスローに見えてしまうのです。
これは猛省すべき点です。

ひととおり終わったあともう一度舞うチャンスをいただきました。
でも今度は能面をかけて。
(最初、先生が「ヅラつけてやってみろ」っておっしゃてたのですがヅラ=面なわけでした。この言い方は初めてききました。。。)

舞囃子で能面って普段まずやらないのでいろいろとアレ?と思うことが。
一番困ったのは大小前。
その名のとおり大鼓と小鼓の前なのですが、能のときのように床几に掛けず二人とも正座しているためワキ前から進んでいくと視界から消えていくのです。
舞は始めてから何度かはだいぶ位置が移動してしまいました。
そしてその動揺からバランスが崩れたり細かいミスが出たり。。。
最初に舞ったときの課題も頭には入れていたつもりですが、ちゃんと遂行できたかどうかは甚だ疑問…。
面を掛けようと装束を着ようとしっかりできるくらいに体に叩き込んでいかないとダメです、やっぱり。

もう一曲「融」の地謡がありました。
比較的近い曲ですが、間がややこしいのでかなり気を遣います。
地頭ではなかったもののこれもかなり謡い込んで臨みました。

ちなみにこの曲の最後の部分は追善としてよく謡われる部分です。
この光陰に誘われて月の都に入り給うよそおい
あら名残惜しの面影や 名残惜しの面影

ふっと祖父のことを思い出してしまい、急激に涙があふれそうになってしまいました…。

明日明後日と通夜告別式。
まだ亡くなってから対面していないので現実感がないのですが、一気に感情がこみ上げてきそうです…。

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昨夜祖父が永眠いたしました。
来年の年賀は欠礼させていただきます。

とりあえずご連絡まで。

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受賞 

昼前、実家に寄ると〝賞〟と書かれたものが。
母に聞くと妹が成績優秀で表彰されたのだそうで。
へー!
学部で1人か2人だというから我が妹ながらたいしたもんです。

かつて高校受験のとき勉強を見てやってみたところ、
1/3+1/2=2/5
と大真面目に書いていたというくらいお世辞にも勉強ができる子ではなかったけど、絵を描きはじめると何時間でもずーーっと描いていました。
そういう面では僕よりずっと芸術家肌ですね。。。
ま、何かごほうびでも買ってやろうかな。

それから国立へ。
もう研究生の稽古は終わっているのですが空いていた舞台を借りて稽古。
ひたすら神舞を舞いまくりました。
薄暗い中で舞っていると思った以上に平衡感覚がなくなることに気付かされます。
3度舞ったあたりでかなりキツくなってきましたが都合8回舞いました。
数舞えばいいってもんじゃないとは思いますが、今はまだ舞うための基礎体力をしっかりつけるべき時期。
もちろんただぼーっと舞うだけじゃなく、その都度ここはこうしてみようとか意図を持ってはいますけどね。

舞っていた時間は1時間半ほどでしたがどうにもぐったりしたので、出稽古先まで山手線を大回りで乗って仮眠をとっていきました。

終わって先ほど帰宅。
やっぱり体が重い…。

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傘之出 

囃子方主催の例会に出勤してきました。
これで今年の舞台は終了です。

金春流は「安宅」の舞囃子。
地謡のハナでした。
ごくごく短いものですが力強く謡うことを心がけました。

終わって食堂でご飯を食べてから一調「笠ノ段」を聞いていました。
「笠ノ段」とは「芦刈」の一部分で、普通に謡うのも大変なのですが、聞いていると半間半間に鼓が打たれて拍数がチンプンカンプンになりそうでした。

その後見所に行って宝生流の「邯鄲傘之出を拝見しました。
金春流にはない小書で、傘をさして幕から出てくるというものでした。
〝ひと村雨の雨宿り〟という詞章をより具体的にしたという演出です。
金春流でも「蟻通」では傘をさすのですがそれとはちょっと違う柄がすごく長い傘でした。

そのほかわかる範囲では楽が盤渉になり、ちょっとあってからイロエが入って橋掛り二ノ松付近でシテが謡い出すという変化がありました。

でもいちばんびっくりしたのが最後。
謡が終わるころになるとアイが後見から傘を受け取って開きだしたので、ははぁこれでさっと橋掛り歩きながら受け取ってかえるのだなと思いきや、謡も囃子も完全に終わったあとにアイのセリフが。
二言三言「もうお発ちですか」というようなのがあって傘を渡すというものでした。
こういう終わり方をするのは記憶にありません。
でもなんだかすごく雰囲気がよかったです。
最初と同じように傘をさすことで一炊の夢という短い時間をより強調されていたし、なんだか物語がずーっと続いていくような感じ。
小書名は傘之〝出〟ですがむしろこの帰る姿に本当の意味が込められているんだなーという印象を受けました。

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しゅんおくみょーは 

午前中師匠のお稽古で「弓八幡」「融」を見ていただき、一旦実家へ。
お弟子さんのお稽古用中ノ舞テープ作りのためです。

「舟弁慶」なら僕のMDライブラリーにいくつかあるだろうと思いきや、意外にも全部森田流。
そのほか調べてみたのですが一噌流大小中ノ舞がほとんどありません。
あった!と思ったら「敦盛」とか「生田」だったり。
さすがに修羅物の中ノ舞だと位が速すぎ。
「班女」ならどうだ!と思ったら今度は重すぎ。
それなら「雲雀山」で!と思ったのですが残念ながらMDなし…。

いろいろ探した結果ちょうどぴったりなものを発見。
でもちょっと特殊なものなので曲名はナイショです。

テープに落としてご飯をちゃちゃっと食べて出稽古へ。
15時稽古場を出て今度は国立へ。
年内最後の講義だったのですが、出席者は2人だけ。
ちょっと淋しい…。

今日は金春流の遠祖とされる秦河勝(はだのかわかつ)のことがでてきたりしました。
能楽史なのですが当然周辺の文化史をさらうことにもなります。
無窓疎石とか春屋妙葩なんて大学入試以来出会う単語にちょっと懐かしくなっちゃいました。
(ちなみに春屋妙葩は〝しゅんおくみょうは〟って書いて変換すると一発で出ます。すげー!)

室町時代って歴史の授業でもなんとなく影のような部分で印象の薄い部分でした。
尊氏が幕府つくって、義詮っていう読みにくい人が継いで、義満が日本国王名乗って絶頂を極め、8代義政は銀閣建てて政治サボってたら応仁の乱が起きちゃって、15代義昭で滅亡(この前の大河ドラマのせいで義昭のイメージがすっかり三谷幸喜になっちゃって困る)…ってそんな感じ。
戦国時代になると華々しいけど、それまでは将軍が暗殺されちゃったりなんだか暗い感じがするだけで具体的な知識はほとんど持っていませんでした。

でも今日初めて知ったんですが、義満ってば長男義持を将軍に、次男義嗣を天皇の養子にしてたんですね~。
つまりは自分が将軍&天皇の両パパになっちゃおう!というどえらい野望を持っていたわけです。
結局義満が急逝してしまって義嗣を天皇にという話はご破算になっちゃったそうですが。

ちなみにこの兄弟、兄貴は父に冷たくされていたため父の死後金閣以外の北山の建造物は悉く移築・破壊しちゃったり、父の好んだ猿楽よりも田楽を好んだりといろいろ物事を改めたそうで(この辺、新井白石と吉宗なんかもそうだったような。歴史は繰り返す…)。
一方弟くんは父に溺愛されてたそうですが、兄弟仲はよかったのだとか。
それを見て世阿弥は「難波」を作り仁徳天皇が兄弟で皇位を譲り合ったことを引き合いに出しその兄弟愛を称えたのだそうです。
しかし平和なときは続かず、やがてクーデターが起こり弟はその大将に祭り上げられてしまいます。
結果義嗣は享年25にして若い命を散らせてしまいました…。

…と今日習ったと思ったのですが、いろいろ調べていたら最初っから兄弟仲は悪かったようで。
どうも僕の頭のなかで勝手にドラマチックな筋書きに仕立て上げちゃったみたいです…。
そりゃそうですよねー、異母兄弟で一方が贔屓されてりゃ快く思わないのが普通ですわな。

そうなると世阿弥が「難波」を作った意図は???
義満への恩から仲を取り持とうとしたのか?
それとも自分を遠ざけようとする義持に対してのあてつけなのか?
う~ん。
実は「弓八幡」も作るにあたって政治的に何らかの意図があったのだとかないのだとか。
こういったところは現代で舞おうとする側からみれば考える必要のないもの、いやむしろ考えるべきでないものかもしれませんが、人物史とか芸術史という観点からは非常に面白そう。

こういうのを本気で調べようとすると古文書なんか読めないといけないんだろーなぁ。
といっても変体仮名読めないし…。
時間ができたらとりあえず室町政治史を小説やらアクセスしやすいところからあたってみようと思います。

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たっぷり買い物&稽古 

誰かがしょうゆさしにしょうゆを足してくれている夢を見ました。
悲しいくらい庶民的です…。


朝起きて開店直後のスーパーをハシゴ。
特売のフルーツグラノーラと野菜ジュースをたっぷり買い込んだら、買い物総額6300円。
はうあー!!

今日は一日休みなので思いっきり稽古。
例の「弓八幡」を5回×3セット!
と、アスリートチックなことやろうと思ったんですが、1セット目でかなーりきつくなりました。。。
やっぱりそれをやるのは一度ちゃんと師匠にみていただいてからということにして、昼食後あと2回、違うMDで神舞を1回、「胡蝶」を1回、気分転換に序ノ舞を1回やりました。
あとは笛やら謡やらをやって今日はおしまい。

帰ってきてたまったアイロンがけ。
晩御飯は適当に作った豆乳鍋。
なかなか美味かった!
今度小規模鍋パーティーがあったら振舞ってみようかな♪

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「兼平」な一日 

夕方大鼓の稽古。
今日やる曲目は「兼平」
すんごーく遠い(上演機会の少ない)曲です。
しかし謡本を読んでみるとこれがなかなかいい詞章。

兼平というのは木曽義仲の乳母児で、義仲四天王に数えられるほど武勇できこえた武将です。
普通まず真っ先に自分を弔ってくれというのが能のセオリーなのですが、クセには
〝我よりも主君のおん跡をまず弔いてたび給え〟
という一節があるなど涙を誘うような忠臣ぶりが描かれていたり、キリでは奮戦の末、太刀をくわえた状態で頭から飛び込み脳天を貫いて死ぬという壮絶な最期が描かれていたりします。

そんなドラマチックな筋立てなのになぜ遠くなってしまっているのか。
世阿弥作だけあってストーリーはいいけどなんだか口慣れない表現が続くというようなこともありません。

考えられるのは動きが少ないということ。
実際に能を見たことも、型付を見たこともないのですがカケリなど舞事もなく、まとまった舞はキリのみというのに近い状況ではないかと思います。

もうひとつ。
「巴」と類曲であるということ。
「巴」は義仲の愛妾巴御前を扱った曲ですが、こちらも義仲最期の部分が見せ場となり女武者が長刀を手に奮戦したり、女であるがために最期をともにすることが許されなかった悲しみを描いたりして見どころ聞きどころの多い人気曲です。
この影に隠れてしまったのではないかと思うのです。

能では対になるような曲というのがあると、どちらか一方が近くなりもう一方は遠くなるという傾向があります。
たとえば「敦盛」「生田」
(他流では「生田敦盛」となっていますが、金春流では「敦盛」は79世宗家が復曲された曲で、それまで敦盛を扱った曲はこの「生田」しかなかったためこうした曲名になっているようです)
金春流では「生田」は近いとまでは言わないまでもそこそこ上演されるのに対し、「敦盛」あまり上演されることがありませんでした(最近は比較的出る傾向にあります)。
ところが他流では「敦盛」はだいぶ近い曲で、「生田敦盛」は滅多に見る機会がない曲になっているようです。

同じことが「小塩」「雲林院」でも言えますが、これも金春流では「小塩」が近いのに対し、他流では「雲林院」が近いという傾向にあるようです。

「兼平」-「巴」の関係はというと、どうもどの流儀でも「巴」が近く「兼平」が遠いようです。
今日は人間国宝の先生でしたが、その先生をもってしても、
「何十年ぶりかに謡ったよ」
と言わしめるほど。

そんなわけで今日は一日この曲と格闘していました。
だいたいの曲は詞章がなんとなくは入ってきたので、その上で囃子の手を覚えていけばよかったのですが、今回はまず謡を覚えるところからスタート。
いい謡とはいえ覚えるとなると結構なエネルギーを使います。
国立に行くまで実家で稽古、着いてからも順番までずーっと謡本とにらめっこ。
稽古の甲斐あって無事パスすることができました。

終わって次の曲のご指示が。
「忠度」「実盛」「頼政」とのこと。
へ、へヴィーだ…。

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宣戦布告 

事務所で諸々の会議があった後、夜研究会。
まず「胡蝶」を舞いました。
大きな破綻はなかったと思いますが、まだおぼつかない感じ。
謡もごく少ないものでしたが我ながらちょっと元気がない。
一生のお願い!!ってのがかなったのだからもっと嬉しそうに謡っていいんじゃないかと思います。
舞はどうも一本調子。
途中破ノ舞が入ったり周りがムードを上げてくれているのに、舞自体が全然テンポアップしてないなというのが感じられます。
これは舞い込んで自分で流れの感覚を掴んでいくしかないと思います。

その後は地謡。
「鵜飼」「高砂」「安宅」と謡いました。
「安宅」は落第点。。。
〝曲水〟が〝菊水〟になっちゃったりポロポロと怪しいところが。
来週本番なのでもうひと頑張り…いや三頑張りくらい必要です。


終わってから今年最後の研究会ということで師匠・先輩と居酒屋へ。
あっつい話大好きな方々なので僕もすっかりのめりこんでしまいました。

帰り道酔った勢いもあり、一緒に帰った先輩に、
「僕のライバルは同い年のときの師匠ですが、現実的なところでは先輩です」
と。
「テメー何生意気言ってんだよ、オラ!!」
と怒られてもおかしくないところですが、
「いーよそういうの好きだから。光栄です(笑)」
なんて。
そういう風に言えるってことはまだまだ余裕があるからってことでしょう。
じゃお言葉に甘えてガンガン行きますからね!!
今に「こいつ~」と言わせて見せますからねっ。

でも、
僕のどうしようもない生意気な発言をそう受け止めていただいて本当にありがたく幸せに思っています。
感謝の気持ちは脅かすほどの実力をつけることで返しますから!

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今日もいろいろと 

事務所を辞めたハズなのに最近しょっちゅう事務所に行ってます。
今朝も10時ちょっと前に出勤。
何を考えていたのか流れを覚えてないのですが、なんとなく「それは公序良俗違反と同じで…」と頭の中で流れていたときに後ろから師匠に声を掛けられました。
はて、どーゆー流れでそういう言葉にたどり着いていたんでしょう???

そのまま事務所で12時近くまで作業して国立へ。
いつものように食堂で大盛りご飯を平らげてから稽古。
笛やったり謡ったり。
そのうち喉が疲れてきたので舞の稽古へ。
下旬に「弓八幡」を舞うことになったので、神舞のMDを使って何度か舞ってみました。
神舞五段は久しぶりに舞いますが、
楽しいわ、これ。
しばらく徹底的に舞い込んでみようかな♪…って明後日「胡蝶」舞うんだった。
まずそっちからやんないとー。

16時から能楽史の講義があり、終わって小鼓、笛、太鼓の稽古。
全部終わったのは19時半。
お腹が空いたので帰りにワキ方の研究生と光麺に寄って帰りました。

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諸事忙殺 

ここ数日は忙しい日々でした。

振り返ってみると…、
水曜が祝賀会。
終わったあと「忙しくてなにも食べられなかったでしょ」と某先生にお食事に連れていっていただきました。
いろいろなお話をお聞きすることができましたが、「道成寺」についてちょっと秘事的なことを教えていただいちゃいました。
たぶん現役能楽師のなかで最も多く舞われている先生からのお言葉、やがて勤めるときにしっかり胸に刻んで臨みたいと思います。

木曜日は朝師匠に稽古をつけていただいてそのまま国立へ。
夕方の大鼓まで手付けを写したり自分の稽古をしたり。
終わって出稽古にすっ飛んでいきました。
久しぶりにたっぷり稽古な一日。

金曜日は午前中校正作業。
終わった後師匠の奥様の手料理を頂戴しちゃいましたっ。
いやー、キレイだったしおいしかったし写真撮っておきたかったー。
鶏肉をメインに古代米ご飯、お味噌汁、小鉢数品。
ランチョンマットを敷いてクリスマスソングのBGMが流れてて完璧にオシャレなカフェご飯です。
師匠がノロケられるのもなるほどごもっとも。
でも師匠、奥様を基準に僕の結婚相手を選定するのはどうかご勘弁を。
ハードルが高すぎます…。
なにはともあれ本当にご馳走さまでした!

そのあとは事務所に行って夕方までひと作業。
夜は先日知り合った方とお食事へ。
なかなかちゅごーい経歴をお持ちの方なのですが、長くなりそうなのでまたそのうちにでも。

土曜は部屋を慌しく片付けて床屋さんへ本を返しに。
書き間違いじゃないですよ。
前にもちょっと書いた能に興味を持っている店員さんが僕のことを覚えていてくれて、先日髪を切りに行ったとき「NATURAL」の11巻(「花よりも花の如く」を収録)を貸していただいたのです。
実は前回ここで切ってもらったときに非常に手荒く顔を剃られて血だらけになってしまい(意外かも知れませんが僕の面の皮はかなり繊細なのです)、店を変えようかなとも思っていたのですが(床屋変えるのって結構面倒なんで相当な決意なのです)思い直すことにしました。
だって予約制もない店で今度いつ来るかわからないっていうのに、ずーっと準備して待っていてくれたってことですよね。
その心遣いに感じ入ってしまいました。

そのまま出稽古。
この日は子供たちがなかなかよく出来ていました。
が、僕がダメ。
「紅葉狩」のクセには〝花桜〟と〝山葛〟という単語が出てくるのですがこれがテレコに…。
近い曲でありながら間違えやすく気をつけなくちゃいけないところのはずなんですが、久しぶりに謡ったら見事にハマってしまいました。
油断大敵。。。

夜は我が家で大学の同級生と鍋。
卒業後も年に数回は集まる仲間。
気のおけない連中とワイワイやるのはやっぱり楽しい!
ちなみにプレゼント交換までしました。
30近い男5人で…。
ちょっとどーなのよ…とも思うのですが、なーんとなく恒例行事となっていまして。
今回のテーマは『大人へ』。
で、僕の当たったのはこれ。
20061210232510.jpg

…って、おいっ!全然テーマに即してないじゃんかい!!
まー、僕もテーマには即したものの「…」な感じなもんなんで人のことは言えないんですがね。

てなわけで、クリスマスまで期間限定、我が家へご訪問下さる方にはこのツリーのロマンティックなイルミネーションがお出迎えします。

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夜空 

ここのところ忙しい日々。
稽古<事務仕事なくらい。
現在、月ノ巻刊行、法人案内作成、宗家継承祝賀会・披露能の事務をやっていますが、その仕事がここ1週間どーんとまとめてきているのです。

今日は明日の祝賀会の準備と来春にある披露能の申し合わせ通知発送など。
思ったより進まず、昼食までに終わったのはほんのちょっぴり。

今日は事務長がご馳走してくれました。
昼からゼイタク!
お腹一杯いただきました。

それからこまごまいろんなことやって気がつくと…、
おお、10時かい!!
事務局員だったときもここまで事務所にいたことはなかったです。

でも、なんか変な感じ。
事務所の時計が10時を指しているときは外が明るいときしかいたことがないので、時計を含めた風景がなんだか不思議。
小さい頃、夜更かしをして真っ暗ななか2時を指している時計を見たときと似たような感覚です。


外に出ると雲ひとつありません。
月は煌々。
その横にはオリオン座。
東京の明るい夜でもはっきり見えます。
手がかじかむような空気のなか、こういう空を見上げて歩くのって好き。
なぜか懐かしくなるような、心淋しくなるような。

はぁー、冬だなぁ。。。

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舞囃子 破ノ舞の〝原則〟 

先週風邪をひいてしまったツケがここのところ一気にきているようで、舞台やら事務仕事やらその他諸々やらで更新のヒマもない有様です。

昨夜書いた「高砂」のツレ。
昨日夜中2時半まで見直してなんとかなるだろうというメドがたちました。
明けて今日(明けなくても今日なんだけど)、11時から会議。
その途中、電車を降りて事務所に向かっている途中メールが。
やっぱりツレやります、とのこと。
実はツレをされる先輩が風邪をひいていて、僕にということになっていたのです(正確にはその先輩も今回はやる予定ではなく、翌月ツレをやることになっていたのですが)。
ということは僕は地謡になります。
さー大変。
もうすっかりツレモードになっていて地謡はほとんど見ていません。
おまけにこれから会議。
歩いている間に覚えようにもあと2分とかからず着く距離です。
でも「高砂」なら過去に何度か謡ったことあるし…。

会議は15時からの研究会ギリギリまで続き謡本を見直すことができないまま研究会へ。
ぶっつけ本番の結果は、
…。
冷静に考えてみるとここ数年「高砂」はツレか働きかどっちかだったんで、前場を謡うのは何年かぶりだったのです。
でも、日頃の稽古不足以外のなにものでもないです…。

落ち込んだ心を引きずりながら、舞囃子「胡蝶」
来年2月にシテを勤める曲なのですが、いかんせんまだ舞い込みが足りない状況です。
そして今日は冷や汗モノの事態が!
能として「胡蝶」やる場合、キリの途中に破ノ舞という短い舞が入ります。
この破ノ舞は他に「羽衣」「松風」「野宮」といった曲にもありますが、いずれも舞囃子としてやる場合には通常入りません。
今日も破ノ舞なしと思い込んでいたら、あらら?
直前のシテ謡の前で笛方が笛を口元に持っていくではありませんか。
ん?ここでアシライあるんだったかな?と思っていると、
「♪ヲヒャーーーーラー…」
アシライじゃない!破ノ舞だ!!
地頭をされていた師匠と一瞬目が合いましたが師匠も「あれ?」という表情。
もうこうなったら舞うしかない、と思ったものの時ちょっと遅し。
正先で段だったはずだけど間に合わん!!
おまけに途中で「次の型どうすんだっけ?」と一瞬パニック状態に。
遅れそうになったので一つ型を抜いてなんとかカザシて戻ってきたものの背中にはいやーな汗が流れていました。

終わってお囃子方にご挨拶したところ、必ず破ノ舞が入るという流儀もあるそうで前もって申し合わせすべき事項なのだそうです。
金春流では暗黙の了解なのでかえってそんなことをいうのは失礼かとも思っていましたが、今後は必ずするようにします。。。

しかし、急に破ノ舞が入ったからといって何事もなく舞ってしまえば何にも問題なかったわけです。
「胡蝶」の稽古を始めていればそこまでやっていて当然。
まして僕は以前に「羽衣」を舞ったことがあるのだから、出来ないなんてことはあってはいけないのです。

稽古不足…。
精神的にダブルパンチの日でした。


でも今恥かいておいたのは必ずあとに生きるはず。
これで死ぬまで破ノ舞をトチることはありません。
そう思うことにします!

[edit]

えらいこっちゃー! 

明日というか今日、急に研究会で「高砂」のツレを勤めることになりました。
酒の勢いで「やります!!」と言ってしまったものの、冷静に考えたらえらいこってす…。

とにかくハラくくってやるしかないっ!!

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