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この6日間 

火曜日から今日まで本当にキツかったです。
ざっとどんなだったか並べると、

役:「養老」ツレ
能地謡:「西行桜」「草紙洗小町」「石橋」「葵上」
舞囃子地謡:「絃上」(地頭)
仕舞地謡:「小袖曽我」「杜若キリ」「鍾馗」「高砂」「黒塚」
囃子稽古:「井筒」(小鼓)、「半蔀」「東北」(大鼓)、「鷺」(笛)
合間にデスクワークなど

毎晩寝るのが2時3時の日々でした。
能の地謡が「羽衣」「猩々」「舟弁慶」なんてのだったらどんとこーい!なのですが、こういう曲だと…。


今日はそのひと区切り、定例能でした。
ツレはあの苦い思いを残した「清経」以来。
さすがに同じ過ちを繰り返すわけにはいきません。
いつもより早く緊張するように自分の気持ちを持って行きました。
自分の課題としていたところを1つ1つクリアできるよう丁寧に勤めたつもりですが、最初の同吟などは少し大事に行き過ぎたかもしれません。
終わって受付係をしていたところ、お客さまから「よかったわよ!」と言っていただけて嬉しかったです。

しかし今日は残念なことも起こってしまいました。
2度と起こらないよう自分の肝にしっかり銘じねばなりません。
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ありがとう 

昼から申し合わせ&合間を縫っての稽古。
20時終了。
この時点でクタクタ。
でもそれからとあるパーティーへ。
立食200人規模。
結局波に乗り切れないまま重なった疲労を背に帰宅することになってしまいました…。

このままじゃ一日が負けで終わっちゃう!
ということで近所に住む先輩をお誘いして焼肉。
22時半からの焼肉。

最後のお客になるまでいろいろしゃべくりました。
どーしよーもなくくだらないことから、ちょっと真面目なことまで。
彼は頭がいいので僕が投げかけたぼんやりした理論もちゃんと整理して受け止めてくれます。


(以下酔っ払いが書きなぐった文なのでおヒマな人のみどーぞ)
-- 続きを読む --

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ピーンチ! 

今日は夜、国立でろうそく能でした。
書きたいこともあるのですが、ずんごーい切羽詰ってますのでとりあえずご報告まで。

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息がもたん! 

夕方から週末の舞台の申し合わせ。

まず「養老」のツレ。
同吟(一緒に謡うこと)が多いのですが、シテの先輩はすごーく息が長くついていくのが本当に大変。
当日は直面(能面を掛けない)なので辛そうな表情もできません。
僕は幼い頃喘息にかかっていて肺活量は低いほうなので…、まっ気合で乗り切るほかないッスね!!

一応その対応策としていつもより体を起こしめにして構えてみました。
こうすれば肺が少しは膨らみやすくなるかな?と。
が、終わってご宗家と師匠から「もう少し前傾させたほうがいい」とご指摘が。
工夫してみて即座にご意見をいただけるのは本当に有り難い限りです!
絶対的な正解がないこの世界では、いろいろ試行錯誤して、ご意見をいただいて、そしてそれを練り直して自分なりの正解を見つけ出していかねばなりません。
こうした出来事のひとつひとつが自分の能楽観を作り上げていって、それがやがて伝統の継承というカタチで役に立つのではないか…、とちょっとエラそうに考えちゃったりしています(笑)

もう一番「葵上」の地謡。
今回は非番だったのですが急遽代勤ことになりました。
いやー何度謡ってもこの曲の地謡は楽しい~♪
シテはすっごく大変ですがこれも10年以内には必ず越えねばならない曲だと思っています。


そして、
「これあげる」
とご宗家からいただいたものは、お弁当。
前のお仕事で出たものをわざわざ僕のためにお持ち下さったそうで。。。
恐れ多くも頂戴しちゃいました。
有り難うございますっ!
助かりますっ!!

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草紙洗小町 

夕方国立で稽古…のはずが日にち間違えて無駄足。。。
でもせっかく来たので、今度地謡のある「草紙洗小町」の手附を写してきました。

この曲小学校2年生くらいのときに子方を勤めたことがあります。
小さい頃やった曲は意外と覚えているものなのですが、残念ながらこの曲はそれがほとんどなし。
「波のうねうね…」っていう和歌の一部くらい。
子供の頃って意味はさっぱりわからないので音の印象ではいっちゃうんですよね。
「百万」の子方のときも「たまたま会うはうどんげの」ってはよーく覚えてました。
子供の頭じゃどう頑張ったって「うどんげ」は「うどん毛」で「優曇華」にはなんないですもん。。。

さてその「草紙洗小町」。
「安宅」ばりにぞろぞろ出てくる人数物で、あまりお目にかかる機会はありません。
なので地謡を謡うのも今回初めて。
暗誦が大変です。

この曲なんか変。
三番目物としてはかなり異例な構造になっているし、実際謡ってみると拍子当たりも節もあれれ??と思うところが多々あるし。
黒主はなんの典拠もなくひどい悪役にされてるし(更に常磐津「関の戸」では天下横領を狙う敵役になってるらしく気の毒)。
そもそも草紙を洗ったら破けるんじゃないかと思うし。。。

おまけにその洗う場面の謡が異常に長い!
小町さんてば、かなり切羽詰った場面なのになに悠長に洗ってんだよー!とツッコミいれたくなるほど(覚えるの大変だし…)。

でも見る分には面白いと思います。
華やかですからね~。


今週は他にも、過去一度しか謡ったことがない丸能の「石橋」や、初めて謡う「西行桜」があり大変。
ガンバリマスっ!

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発表会が近づいて 

午前中、宅稽古。
発表会まで2ヶ月を切り皆さんそろそろ目の色が変わってきました。
が、今までなんてことなく出来ていた箇所がここへきてあれあれ??
でもこれが大切なんです。
ここでしっかり間違えて固めなおすと本番は必ずうまくいきます。
僕もこれはいやというほど経験しました。
そう、そしてこの過程を経ないと…先日僕が直面したあのおぞましい結果になってしまうのです。。。



自分の稽古をして、投票を済ませ、スーパーに買い物に行くと、悪い先輩に遭遇しそのまま焼き鳥屋へ。
僕としては異例、ここ一週間で4度お酒が入りました。
風林火山を見よう!ということで19時半に解散(先輩とはしょっちゅ
う大河話で盛り上がるのです)。

で、今日は一つヤマ場になる諏訪頼重自刃。
最初、この頼重の配役は疑問を感じましたが最終的には大成功だったかと。
気の弱そうな、人のよさそうな、でも最後は死にゆくものの迫力を見せてくれました。

そして今回最も株を上げたのは間違いなく由布姫!
正直今までは絶世の美女という役に所詮は親の七光りか、なんてかなり悪いほうに見ていました。
キツイ感じの系統でいくなら柴咲コウ(ぱっと見名前も似てるし)とか、今売り出し中の多部未華子を大抜擢なんてのも面白かったかも、と。
が、考え改めました。
表情もセリフもかなり荒削りな部分は否めないけど、鬼気迫る演技!
酒が入っていたせいもあろうけど、相当泣きました。。。
一躍名をあげたミツに続きこれは大化けするかもしれません。

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8年ぶりの 

振りかえって昨日。
午前中は家で書き物。
1年以上前から囃子方に頼まれていた書類をようやっと書き上げました。

で、夕方から国立で稽古。
せっかく持っていったのにその依頼主はおやすみ。
………。

太鼓は「難波」でしたが、キリの仕舞どころ以外見たことも謡ったこともありません。
おまけに太鼓を打つ箇所が長く、囃子どころからお願いしようと思ったのですが、そんなことは先生には通じず有無を言わさず出端から。
長い…。

終わってから手附を写したり稽古したり。
国立を出たのは19時半でしたが、観世太鼓の稽古はこの時点でまだ残り4人も。
こりゃ9時までコースだな…と思いつつ新宿へ。


話は少し遡って、火曜日。
この日も国立での稽古を終えて新宿へ。
前日に大学のクラスメートからメールが来て急遽飲むことに。
あまりにも話が急だったので3人だけ。
僕はクラス内ではかなりのレアキャラで、クラスメートほぼ全員卒業以来音信不通。
別に孤立していたなんてことはないのですが、なんだか疎遠になってしまいました。
その6年ぶりの再会で、「金曜合コンあるんだけど来ない?」という話になり、酒が入った勢いもあり「営業がてら行く」とつい返事してしまいました。。。

というわけで、なのです、はい。
大学2年だか3年以来です。
そのときは幹事だったのですが7対7という無謀な人数でてんてこ舞いした上、あとあと出席者間でトラブルが発生し(原因は僕だということになってしまいましたが…)大変な目にあって以来遠ざかっていました。
でも、行くと返事しまったもののなんだかものすごーく億劫になってしまい、こんなことするより覚えなくちゃいけない曲いっぱいあるんじゃないのか?と、テンションは下がりまくり。。。
できることなら流れてくれないかなぁ、なんて思っていたのですが、
まー、始まっちまえばなんとかなるもんですねぇ(笑)

こういう場、まず自己紹介するわけですが、「能楽師です」なんていっても???な雰囲気になるのが常…と思いきや、「で、なにやってるんですか?シテ方?」「流儀は?」なんて聞いてくる人がいてびっくり。
意外といらっしゃるんですね~。

次第に場も打ち解け、しっかり営業もして無事所期の目的を達成。
翌日稽古もあるので日付が変わる前に店を出ました。



でも今朝起きて思わぬ事態が。
①携帯のバッテリーカバー紛失 630円
②起き抜けまたもコンタクトを流す 14910円
散財…。

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63万円 

夕方から国立で稽古。
大鼓は「西行桜」
終わったあとで先生から「掛け声が金春流っぽい」と。
どうやらほわぁんとしているという意味らしいです。。。
その例えが的確なのかどうかはさておき、最近ずーっと序ノ舞物をやっていて、意識的に柔らかめに掛け声を掛けるようにしていたのですが、その影響か拍がぼんやりしてしまったようです。
強い物であろうがしっとりした物であろうが拍はきっちり刻まねばなりません。
確かに先生にやっていただくと、鋭利な刃物で切るようにスパッと拍を取るのですが、反面僕のは鈍器で殴りつけているような。
うむ~、むつかしい。。。

笛はいよいよ最後「鷺」
子供か古希を過ぎた老人でないと勤められないそうで、僕には最低40年は舞う機会のない曲です。
「猩々」にもこの「鷺」と同じように乱(みだれ)というものがありますが、譜は全然違います。
一度しか見たことはありませんが、喜多流にある「鶴」のほうに近いかも。
ただしあれは乱と呼ぶのかどうかはわかりませんが。
なにはともあれ、うまくいけば次回で笛は修了です。


国立の養成課受付の横には能楽関係の新聞記事の切抜きがはってありますが、そのなかにこんな記事が。
高くね???
能楽堂という場所代がこの値段の原因ですかね。
普通の式場で僕に依頼がもし来れば、僕なら同じ内容で半額でいけそうな気がしなくもないよーな。
ところでもしこのプランに注文がきたら能楽師にはどういうカタチで依頼するんでしょうかねぇ???

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所詮は妄想か 

午前中と夜は雑務、その間に先輩方の稽古会にお邪魔しました。
「鵜飼」「東北」の地謡、「養老」「橋弁慶」のツレをさせてもらいました。

でも、「養老」は…。
先輩方はおとといMOAで「錦木」があって大変だった分、僕がしっかり覚えておかなきゃ!とは思っていたものの、後半だいぶ混乱してしまいました。。。
気がつけば申し合わせは来週、本番は2週間を切っています。
まだまだだということが認識できたことが収穫でした。



全然話は飛んで、
昨日電車に乗っていると前に座ったにいちゃん、ふと視界に入ったのは全開の社会の窓。
目で合図を送ってやろうと思ったのですが、ずーっとケイタイをいじっていて目が合いません。
別に気にしなきゃそれでいいわけですが、どうも僕はいろいろ考えてしまうほうで。
もし万が一彼はこれからデートで、これが原因で亀裂が入ったりしたら気がついた僕にも責任はあるよな、とか、いやいやこれは実は彼のファッションなのかもしれないとかいろいろ頭をめぐるわけです。
(ファッションはねえだろ!と思ったアナタ。最近ズボンの重ねばき風ジーンズなんてものも世の中には存在するようです。マルイで買ったってのを実際に見ましたから。でもわざわざそこだけ開けないか…)
結局何も出来ないまま彼は途中で降りちゃったんですが、大丈夫だったかな…。

それに関連して、
始発駅で乗ったところ、どうやら寝過ごしてまだ起きる気配のない人の対処ってのにも悩むわけです。
ひょっとしたら気がつかないうち、イの一番に乗って速攻眠りに落ちているのかもしれないし、実は気がついてはいるんだけど気まずいから寝たふりしているだけかもしれないし。
そうだとすると起こされた人は、照れ笑いを浮かべつつ一旦降りてまた違う所から乗りなおさないといけないので手間なわけです。
実際、先日女子高生が「どうしょうもなく疲れてるときは、終点まで行って折り返すまで寝るよ~」なんて言っているのを聞きました(運賃的には不正乗車ですが)。
小さな親切大きなお世話になりかねないな、と逡巡している小心者なワタクシなのです。


…書きながら、
そんなくだらないこと考えてるから謡が覚えられないんじゃないか
という気が…。

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またまたまた… 

数日前から鼻づまりがひどく、花粉症が悪化しているのかと思いきや風邪。
昨日国立の稽古が終わった途端に急にだるくなったのですが、そのまま少し出かけたのが拍車をかけてしまったようで。

それにしても去年の秋からこれで4回目。
今まで毎年一度のペースで大風邪をひいていましたが、そのくらいは免疫を更新できて体的にはいいのだとか。
でも半年足らずで4回はひきすぎ。
こうしてみてみると年初に降ってわいた富山の一件は流れてよかったのかも。
この状態で毎回夜行バスなんか乗っていたら確実に倒れていたことでしょう。

しかし、もともと体は強いほうではないものの、どうなっちゃったんでしょ?
喉の具合といい、体が曲がり角にさしかかってしまったんでしょうか???
よく30過ぎると、なんて話は聞きますがまだ1年以上あるんだけどなぁ。。。

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思い込みという罠 

昨夜サッカー見ながら珍しく家で酒を飲み、そのままうたた寝。
そのせいか喉がまたおかしくなっちゃったような…。
ま、久しぶりに東京が勝ってくれたからよし。


そんなこんなで昼から国立に行き、謡の稽古。
今日は「橋弁慶」
五条大橋での牛若丸と弁慶の決戦というよく知られたお話ながら、上演頻度はそう多くはありません。
理由として考えられるのは、
○子方が大役
○曲が短すぎてシテが物足りない
ってあたりでしょうか。

数年前大宮薪能でありましたが、そのとき僕はトモ(前場で弁慶に「五条大橋にはめっちゃ強いガキんちょががいるから行かないほうがいいッスよ、おやぶーん!」て言うチョイ役)だったので地謡を謡ったことがありません。
いや、正確に言えば今を遡ること23年程前に一度謡っています。
今のご宗家が昔少年謡曲教室というのを開かれていて、そこで子供たちによる連吟があったのです。
本を見ながらだったのですが、その当時使った謡本には「手」にまでかながふってあります。
恐ろしいことにそんななかでも断片的に記憶はあるのですが、曖昧すぎてかえって暗誦の邪魔になってしまいます。。。
おまけにちょっとでも気を抜くとすぐ「巴」やら「熊坂」に飛んでしまうのでホント大変。

そして臨んだ今日。
先生に「橋弁慶をお願い致します」というと「橋弁慶かよ~(苦笑)」と。
人間国宝をもってしてもそう近い曲ではなさそうです。
「あい、いいよ」とのお声で謡い始め。
声が途中で枯れないか心配でしたが無事最後まで持ち、言葉が一箇所曖昧でしたが他は無難にいったかのように思いました、
が!
終わって、
「オマエ、一句抜いたろ」
???
ぜーんぜん意識がなく、どこが飛んだか見当がつきません。
「薄衣ひきのけつつ、ココだ」
と言われてもまだ節が出て浮かんできません。
ひとりで稽古するとこれが恐いのです。
思い込み、というモノ。
うぅぅ~~…、でも今間違っておけば今後絶対間違えないからよかったのだと思いましょう。


その後出稽古にすっとんで行き20時まで4時間。
発表会が近いので出席率が高いです。
皆さん来て下さると賑やかになってこちらも嬉しい♪
けど、謡いすぎで喉はイタイ…。

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盤渉序ノ舞 

継承能から一夜明けて今日は一日おやすみー!!
…なんてわけにはいきません。

8時には目が覚めたものの体が重くてベッドのなかでしばらく謡をぶつぶつ。
昼前に出稽古に出かけ、そのまま夜、研究会へ。
昨日の疲れか切羽詰っているのか、あるいは僕のようにその両方なのか始まる前は皆さんわりと無口。

さて今日僕が舞うのは「羽衣替ノ型
「羽衣」の特殊演出バージョンです。
お囃子方と寸法を申し合わせていると「お流儀の替ノ型って毎回寸法違うよねぇ~」と。
そうなんです、ものすごくいろんなパターンがあるので。。。
今日は序ノ舞が盤渉調になり、途中が少し抜けて緩急がつく(緩急は必ずつくのかな?)というパターン。

盤渉というのは笛の音が一段階上がることを指すのですが、これがなかなか大変。
今日は笛は森田流だったのですが、同じ流儀であっても家によってヲロシの譜が全然違ったりするわけで。
もっとも足拍子は大鼓を聞いていれば踏めるのでなんとかなるわけですが、聞きなれない旋律が流れてくるというのはなんとも不安になるものです。
一応大過なくはいきましたが、あとで笛方の方と話したところタイミングとして今後注意すべき点が見つかり収穫。

この盤渉序ノ舞というのは初めて舞わせていただいたのですが、どう舞ったらよいものなのかなあ?
笛の旋律が軽やかになるものの全体のリズムとしては普段とそう大きくは変わりません。
舞い方で軽やかに見せたらよさそうなのですが、口でいうほど簡単にはいかないものです。
それと他にも問題点はありまして、舞の流れで気になったところや、謡の切り際、そして先輩からアドバイスいただいた点など改善すべき点は多々。
うーむ、先は長いっ。

このほかにも「養老」「枕慈童」「錦木」「葵上」の地謡。
「錦木」はちょっとはお役に立てたかもしれないですが、「養老」のツレ謡を自信たっぷりに間違えてしまいました…。
今月末お役があるのでこれからしっかり固めていかなくちゃ。

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継承披露能 

ついにこの日がやってきました。
継承披露能当日です!

朝9時に装束を積み込むべく集合…、だったのですが、朝っぱらから鼻血が止まらず出遅れ。
タクシー乗っちゃいました。。。

10時過ぎに国立に着きそこから落ち着く間なくひたすら準備。
能楽師としての準備は皆さんにお任せして、楽屋割りの掲示を貼ったり、パンフを配ったり、スリッパを多めに用意したり。
始まる前にもう既に結構疲れていたりして。。。

さて僕の最初の出番は「翁付高砂」の副後見。
所作の良し悪しはあるにせよ舞台上ではとりあえず大過なくすみました。
が、舞台裏では…。
「翁」が始まる前に鏡の間でお神酒を飲むのですが、そのかわらけを配りそこなったり、装束付けで忙しく素袍を着る時間がなくなり師匠と先輩2人がかりで着せていただいたり、切戸を出るときさむらい烏帽子を引っ掛けたり…。
危なっかしい後見で本当に申し訳ありません。。。

「高砂」まで2時間半近くかかり、片付け物したりしてやっとこさお昼ごはん。
既に16時。
よほどお腹が空いた顔していたのか、食堂のおじさんがそばを大盛りしてくれたうえカレーライスまでつけてくれました♪
で、それを見た人間国宝の先生に「スゲーもん食ってんなぁ」と笑われてしまいました。。。

その後も休む暇はなく作り物の準備、切戸開け。
でも合間に各流ご宗家、あるいは準ずる先生方の仕舞はしっかり拝見。
地謡座後ろの御簾の間は大混雑になっていました。

そして最後の曲「石橋群勢
獅子が4体出る非常に華々しい曲です。
実は先日獅子を教えていただいていて、今日はじっくり拝見しようと思っていたら、、、塚の作り物で全然見えないし…。


終演は予定より早く19時前。
装束を片付け終わったのが21時。
さすがにクタクタ。
でもあれだけお客さまが入っていただいて、事務方としては盛会で終わったのが何より。
切符の収支を合わせて、事務経費を計上する仕事が残っているのであともうひと頑張りです。

そう疲れていながらも、打ち上げということで先輩に一杯(正確には4杯)ご馳走になっちゃいました♪
有り難うございましたっ。

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歩くの大好き~♪ 

師匠に稽古をしていただいたあと、5月の歌謡学会の下見に清泉女子大に行ってきました。

お稽古場は赤坂、大学は五反田。
天気はよし。
じゃ、、、
歩くか!!
ということでまた歩いちゃいました。

草月会館の脇から細い道クネクネした道に入ってアップダウンの多い道をてくてく歩くと、ほどなく真新しい建物群が。
あ、これが今話題の東京ミッドタウンなのかー!
平日の11時という時間ながら、もう結構な人手でした。

六本木の交差点を抜け、芋洗坂をゆるゆる下りきると今度は六本木ヒルズ。
2つの東京新名所はこんなご近所さんだったんですねぇ。

麻布十番のちょっと感じのいい商店街を抜けまたしばらく歩くと明治通りとの交差点。
もうちょっといくと、あれれ、もう高輪まで来ちゃいました。
東京生まれの東京育ち、点としては23区内だいたいの位置は把握しているのですが車に乗らないせいか(ペーパーです)線として繋がってはいません。
2時間くらいかかるかなと思っていたのにここまで1時間弱。
よくよく地図を見たら、ここまでは港区内の移動だったんですね。

12時、そろそろご飯の時間。
地図を見るとこのあたり高輪高、東海大高輪台高と学校が多く、その近くには商店街。
これはお腹をすかせた高校生相手にお腹一杯食べさせてくれる安くておいしい定食やさんがきっとあるはず!
と、心ときめかせて行ったのに、なんだよー閑散としてんじゃん。。。
お弁当屋さんは結構あったんですけどね。

しょうがないので品川まで出たのですが、駅近くはビジネスマンでごった返していました。
うろうろして高架下のどんぶり屋街に行ったのですが、失敗。
スタミナという文字の輝きに負けて頼んだどんぶりはにんにく、にら、ネギがたっぷり。
これから人に会うには全く適さない品でした。
ボリュームあったし美味かったことは美味かったんですが。。。
薬局でブレスエイド買っていきましたが大丈夫だったかなぁ。

まだちょっと時間があったので大学の周りをうろうろ。
番地は東五反田なのですが、なぜかマンション名など島津山という文字が目立ちます。
小高い丘になっていますが、超高級住宅街な雰囲気がぷんぷん漂ってきます。

そしていざ校内へ。
ここで先ほどの謎は解けました。
かつてこのあたりは島津家の土地だったそうで、大学の本館として使われている建物はその当時の物だそうです(詳細はコチラ)。
カトリック系の学校なので今は聖堂として使われていますが、ステンドグラスの中に十字架にまぎれ、丸に十字の島津家の家紋が入っていました。

こじんまりした学校でしたが、お庭がきれい。
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僕の母校では夜まで花見でドンチャンやってましたが、木陰で昼間ご飯を食べたりこちらの学生さんは優雅に過ごされるそうです。

帰り購買部で販売しているというガレットをお土産にいただいちゃいました。
先生曰く「修道院みたいな味」とのこと。
さっそくいただいてみると、なるほど、素朴なお味。
おいしかったです♪ごちそうさまでした。

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22歳 

もちろん僕がじゃなくって。
今日は妹の誕生日。

引越しお手伝い分も含めてふんぱつしてみました。
ファーバーカステルの色鉛筆。
画材のことはよくわからないのですが、その世界ではブランド物であるようです。
アイツは色鉛筆を多用するので、僕なんかじゃ絶対に使い切れない120色セットにしてみました。

前にプレゼントしたものはすぐほったらかしになっているものもあったのですが、今回は気に入ったらしくさっき変な敬語で電話をかけてきました。
就職前祝いも兼ねてんだから、しっかり頑張れよ!

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作戦改善 

静岡に行ってきました。

14時ちょっと前の新幹線で出発。
1時間半ほどで着くと東京とは打って変わって快晴です。

いろいろと準備をしているうち、あっという間に開演時間。
地元の名士の方々の挨拶に引き続き、今日シテを勤める先輩による解説。
その後が僕のワークショップなので、流れ的にどうしようかモニターを通じて聞いていました。
あれ?型の説明始めちゃったじゃん(汗)
おいおい~、僕がやることなくなっちゃうよー!!
僕もその先輩も予め綿密に何を話そうか考えるより、その場の雰囲気でしゃべるほうなのですが、先輩自身が「講座は型見せて説明するような感じで」って言ってたのにぃー。

どーしよーと思っているうちに、はや僕の出番。
まぁなんとかなりましたが(笑)
でも画用紙作戦はなんとなく反応がイマイチだったような。

楽屋に戻ると先輩もメモ帳で画用紙作戦をやっていました。
そこで発見!
今日画用紙に描いてもらった絵は笑った顔であったためあまり表情が変化しなかったのです。
基本的に能面はあまりはっきりコレという表情をしていません。
一見して無表情に思えるほうが変化が大きいようです。

よくよく考えてみれば、明らかに笑った表情をしている猩々の面は曲の内容から言っても泣いた表情を見せる必要もないので、確かに曇らせても照らせても(上を向けても下を向けても)そう極端に変わることはありません。
もともとの表情のはっきりさと表情の変化の度合いは反比例の関係にあると言えるのかもしれません。

また一般に曇ると悲しげな表情、照ると嬉しげな表情になると言われていますが、先輩が描いたものは逆の現象が起きていました。
そういえば以前このブログでも書いた万媚などは曇らせたほうが「ニヤ~」と怪しげな笑みを浮かべたりします。
この現象をもう少し詳しく調べていくと、今後より面白い解説ができるかもしれません。


終演は少し予定より遅め。
片付けてダッシュで駅へ行き、ビールとおつまみを手にして車内へ(師匠にご馳走になりました♪)。
舞台のあとのお酒はオイシイ!
お土産用に買ってみた名物はんべいなるものコレがなかなか美味!
一袋7枚入りで150円というのも嬉しいし。
また買おうっと。

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さて明日の講座はどうするか 

朝から研究会。
さすがに昨日あの2曲を謡ったあとはちょっとキツイ…。
「葵上」はともかく、「西行桜」はもうちょっと詰めないといけません。

終わって9日の装束出しをして、新幹線の切符を買いに。
行き先は静岡。
こういう中距離のときはぷらっとこだまが助かります。
(こういう仕事しているといかに交通費を安くあげるかの知識がついてきます)

さて公演ですが、能はご当地ソング「羽衣」で、ご宗家による「舟弁慶」の仕舞もあります(ただし完全に一般公開という公演形態ではないようです)。
そして僕はそれらが始まる前にワークショップを任されました。
いつもながらどんなふうにするかはまだあんまり考えていません。。。
チラシを見ると中学生が主だそうですが、小学生、高校生そしてご父兄もいらっしゃるとのことで年齢層が幅広いとのこと。
うーむ、どうしたものか…。

そういえば、以前に書いたつくし野での解説の様子が出ていました(コチラ)。
どうも例の画用紙作戦は好評だった模様。
明日も様子を見ながらやってみようかと思います。

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兼平・百万 

新年度最初の舞台でした。
とはいえ、能楽界は暦年で予定が組まれることが多いので、あまり年度が変わってもどうってことはないんですけどね。

まず初番「兼平」
何度かこのブログでも書きましたが稀曲で、僕も能で見るのは初めてです。
楽屋に掲示されたタイムテーブルを見ると、上演時間75分とのこと。
そんなにかかるのかなぁ?と思っていたのですが終わってみればきっちりかかっていました。
「朝長」ほどではないものの動きは少なく、クセもほとんど床几に座ったまま、カケリもなくまとまった舞はキリだけです。
ご覧いただいた方にはどう見えましたでしょうか?

さてなぜこんなに時間がかかったか。
舞台上にいたので正確な時間はわかりませんが、おそらくアイ狂言が普段より長かったのではないかと思います。
はじめと終わりのワキとの問答も結構あり、居語り部分も義仲が討たれるまでかなり細かく語られていました。
聞きながら、これだけ人名がたくさん出てくるのをよく覚えられるなぁ~と感心しながら聞かせてもらいました。

もう1点、気がついたこと。
中入前、シテは持っていた櫂竿をカランと落として幕へ去ります。
これを後見がひくのですが、後見座でわざわざそれを置いて切戸へ。
はて?と思って見ているとアイがそれを持つことによって船頭の体になるのでした。
なるほどー。
申し合わせ(リハーサル)ではこのあたりはカットされてしまうので、実際に見てみないことにはわかりません。
あとでアイの方に伺うと「項羽」でも同じようになるのだそうです。
もし今後後見をさせていただく機会があったら、もう知りませんでしたではすまされません。
舞台一回一回が勉強です。

「東北」は女性の地謡なので非番。
といってものんびりしていられるわけではなく、幕を揚げたり切戸を開けたり中入りの装束替えをお手伝いしたり、結構慌しく動き回っていました。

そしてトメ「百万」(流儀によっては「百萬」と表記するようです)。
狂女物といわれるジャンルに属する曲は大抵謡の量が多く、この曲もその例に漏れません。
車ノ段、笹ノ段、そして長いサシクセ、イロエ後と盛りだくさんです。
有名な話ですが、この曲のクセはもともと現在の「歌占」にある地獄の曲舞であったそうです。
世阿弥が改作して現在のクセを挿入したそうですが、二段グセで、地次第の「百万が舞を見たまえ」という詞章をクセの一番最後にもう一度出すという曲舞の定型(「山姥」も同じ)に則っています。

狂女というのは「子に生きて離れてさむろうほどに、思いが乱れて候」と百万のセリフにあるように、普通の精神状態にないことは確かでしょうが、かといって完全にパッパラパーになっちゃったわけではありません。
だってちゃんと問答ができてますし、ときには結構シャレたこと言ったりしますしね。
とにかく目立ったことをして人を集め、生き別れた子供が見に来てくれるかあるいは情報を知っている人に出会うかそういうための手段だったようです。
平たくいうと大道芸人かちんどんやさんってとこですかねぇ(ちょっと違うかも…)。

シテも出てきたら動きっぱなしという感じの忙しい曲ですが、狂女物はいずれやってみたいジャンルです。
「黒塚」を勤めたときにも思ったのですが、鬼女とか狂女といったものは好きでそうなったわけじゃないはず。
舞い方として鬼らしく狂った体らしくというのはもちろんあるのですが、そうした中でふと自分はただ女でありたい母でありたいといった姿を見せることができたら面白いんじゃないかなーと。
そうなるには技術的に鉄板になった上で、さらに相当な努力が必要だと思うのですが、そんな風に見えるように舞うことができたら…。
死ぬまでにできるかどうかもわからないですけどね(笑)

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