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芝居を見ながら 

昨日昼間とあるパーティーで知り合った方の舞台を観に行きました。
開演前、携帯電話等のお決まりの諸注意のアナウンス。
途中「写真は…」となり、撮影禁止ということだろうなと思っていたら、
「遠慮なくバンバン撮って下さい」
ということでちょっとびっくり。

内容のほうはドタバタコメディーといったところ。
小劇場的ともいうのかもしれない、あんま自信ないですが。
可笑しかった、というのが過不足なく率直な感想。

見ながらずーっと考えていたことが。
この人たちはなんで芝居をやっているんだろう?と。
定員100人くらい5公演の入場券収入全部合わせたって、制作費一切で消えるかよくて打ち上げ費用までいくかというくらいでしょう。
これでご飯が食べられるわけではもちろんないだろうから、バイトして時間をやりくりして稽古して舞台に臨んでいるわけですよね。
皆さん20代、30代くらいで若いからやっていけるのだろうけど、今後どうするんだろう?
最終的に何を目指してるんだろう?

もちろんそういう疑問は翻って自分にも来ます。
例会の運営などはシテ方にとってはこの小劇場的運営となんら変わりません。
別に能楽やっているからって国から給料をもらっているわけではないですし、収入の保障があるわけでもありません。
ただこういった一般の舞台と違うのは、間接的に公的支援があること(国立能楽堂の主催公演があることなど)、お稽古事としての月謝収入があることというのはありますが。

このように僕らも決して楽な生活をしているわけではないですが、彼らはもっと苦しいはず。
それでも続けているのはどうしてだろう?
…そんなことを終わってからもしばらく考えていました。


考えつつそのまま友人と飲みに行き、自分の考えを整理するかのようにいろいろ今後自分のやりたいこと、目指したいことなどをいつになく饒舌にしゃべってしまいました。
17時に入店して気がつけば日付が変わる頃。
お酒もビールから始まってカクテル、サワー、日本酒と計7杯。
それでもそんなに酔わず帰りも寝過ごすことなく帰れたのは不思議。
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営業 

昨日おとといは一日中あれこれ稽古していましたが、今日はおやすみ。
今日は、というよりこれからひと月くらいは舞台も少なく、稽古も夏休みに入り比較的のんびり。

やはり目先の舞台がないと少し気分も緩みがち。
おまけに東京もついに夏らしい気候になってきたし。。。
が、
そんなときこそ稽古を重ねて技を磨いていかなくては!
…でもとりあえず今日は骨休め。

夕飯は久しぶりに家族で外食しました。
そのとき母から聞いたのですが、僕の住む世田谷区の公立小中学校は〝日本語〟という教科があり、来年度からその中に〝伝統文化〟というのが入るそうです。
(母は教員免許を持っていて、数年前から国語科のサブティーチャーとして数校に勤務しています)
教育方針としてよいことであっても教える先生方がそこまで指導しきれない、というのはよく聞く話です。
ならば、こういうときこそ営業に行くべき!
能楽界ってなんとなく仕事が向こうから来るのを待っている、という傾向がありますが、今やこちらからもっと発信していかないと仕事はきません。
舞台を観に来てもらう友人からも、興味はあったけどどうやったらいいのかよくわからない、という声をよく聞きますし。
せっかく法人案内も出来たことだし、これを活かさない手はありません。

営業というのは初めてだし、なかなかうまくいかないこともあろうかと思いますが、動かなくては始まりません。
まずは自分の母校から。
もしなにか動きが出てきたらまた記事にしたいと思います。

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3連休? 

選手末から月曜日まで舞台もなく、日曜日にお1人宅稽古があっただけ。
でも僕はうまく休むことが下手らしく、結局土曜が一日事務仕事、日曜日は宅稽古のあとは買い物に行ってあとはひたすらぼんやり、月曜日は手附書いたりまた諸事雑務。
一番大きな出来事はAスーパーでケロッグの玄米フレークを399円で買ったところ、Bスーパーで288円で売っていてものすごくショックだったことでしょうか。
我ながら、小せぇ。。。

忙しいときには、時間ができたらあれしようこれしようと夢が膨らむのですが、いざ暇になるとぼけーっとするばっかり。
けれどそれで落ち着くかといえばそうでもなくて、何日に稽古があるからそれまでにあの曲覚えとかなきゃとか焦燥感は常にあったりするわけで。
そういったものから完全に解放されるのは…まぁ一生ないでしょうねぇ。
キツイようですがこの仕事を選んだ以上宿命。
反面、一生なにか課題があるってのはすばらしいことでもありますしね!


で、今日は出稽古に行って国立へという行程。
出稽古のときに特別公演のチラシを配ったところお弟子さんからこんな質問が。
「備中高松城主だった清水宗治が切腹するときに「誓願寺」を舞ったそうですが、どの部分を舞ったのですか?」
へ???
全く初耳。
いや、清水宗治は知ってます。
秀吉が水攻めにして城を池に沈めながらも粘り強く抵抗し、最後(最期?)は領民の命を守るべく、水に沈んだ城から舟を出し秀吉の前で切腹して果てたというなかなか男気のある武将です。
(ちなみに僕の戦国時代の知識の8割は信長の野望から得てます)
そこまでは知っているものの、「誓願寺」って全体的になんとなくめでたいイメージなのでどこを舞ったのか見当もつかずその場では答えられませんでした。

で、さっき調べたところどうやらクセの部分だったようです。
敗軍の将が死に際してずいぶんのんびりしたものを舞ったもんだなと思ってしまいましたが、昔はもっとスピードが速かったそうですからそんな時間がかかったわけでもなかったかもしれません。
内容はというと、
 笙歌はるかに聞こゆ~
と始まり有り難そうな詞章が続きます。
が、続けていくと…なるほど!
上羽以降がミソでした。
 御法の御舟の水馴れ竿 ささでも渡る彼の岸に至り至りて楽しみを極むる国の道なれや…
自分はこの船上で最期を迎えるけれども、どうか魂は三途の川を渡り極楽にいけますように、という願いをこめたのではないでしょうか。

う~んなかなかいい選曲です!
もともと好きな武将ではありますがもっと好きになりました。
あっぱれ宗治!

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出演予定 もひとつ追加  

10月9日(火) 「清経」ツレ
 鎌倉薪能第2日 於:鎌倉宮(大塔宮)
 (近くなりましたらコチラに詳細が発表されると思います)

3月9日(日) 「嵐山」後ツレ(たぶん勝手明神)
 金春会定期能 於:国立能楽堂



それと学生対象で非公開ですが、秋に「舟弁慶」判官のお役をいただきました。
子方以来、約20年ぶりです。

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双ノ舞 

今日は宝生能楽堂へ。
能楽協会主催で五流が集まる会です。
出演者も流儀を代表するそうそうたるメンバー!
おまけにチケットも超リーズナブル!
とはいえ、年に何回もこういう舞台があったら能楽師はメシが食えませんが…。

金春流は「乱 双ノ舞で、宗家がシテ、師匠がツレを勤められました。
通常の「乱」(といってもこの時点で「猩々」の小書つきバージョンなのでちょっと変な言い回しですが)は1人で舞うものですが、この小書が入ると猩々が2体となり型も変わります。
やはり見た感じ、この小書がついたほうが華やかで面白いなあというのが正直なところです。

能楽師は成長するためのステップが決められていて、この「乱」もそのひとつ。
僕も数年のうちに挑戦しなければいけない壁です。
師匠にシテを勤めていただいて、僕がツレで披かせていただく…なんてわけにはいかないかなぁ???

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12年 

国立で稽古したあといつものように出稽古へ。
今日は新しく見学者が1人。
なんと高校2年生の女の子!
考えてみたら僕とちょうど一回り違ったりします。
僕も高校時代高田馬場にあった高校からここに通ってたものですが、それからもう12年経ってるんですな。。。

見学ということだったのですが、発表会が終わった直後ということもあってかお弟子さんは軒並みお休み。
せっかくなので「七騎落」の仕舞を少しやってみました。
さすが自ら志願してきただけあって飲み込みもはやいし、声もよく出ます。
なにより偉いな~と思うのがちゃんと挨拶ができて、しっかりした敬語が使えること。
当たり前と思われるかも知れませんが、案外そうでもないもの。
学生時代塾講師を3年半やりましたが、そういう子って本当にごく僅かでしたし。

是非長く続けてほしいものです!

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そして研究会 

というわけで朝、研究会。
来月控えている東西合同の「芦刈」を謡いました。
浮き癖があるので今日はその点に気を配りながら謡いましたが、長い引きになると自分でもわかるほど浮いてきます。
これは引き続き謡い込んでいくしかないようです。

しかしあとで録音を聞いてみると更なる大問題が。
つまらない。
上下の音の幅が小さくて全体にのっぺり。
間を外していないというだけ。
猶予はひと月。
地謡めいめいが強く意識を持って謡っていかないと当日大惨事になりかねません。




それとは別に事務はやらないといけません。
例の月ノ巻。
お盆前に原稿を完成させるということになりました。
今日3曲上げて残りあと7曲。
次に最後の大物「山姥クセが控えていますが、とにもかくにもあとちょっと。
上手くいけば今年度中に刊行されるかもしれません。

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上には上が 

昨日の疲れが抜け切らぬまま、昼過ぎお稽古のお手伝い。
1時間ほどお相手させていただいて国立へ。

太鼓と大鼓。
太鼓は「舎利」
一度しか見たことありません。。。
この曲の早笛はツレが登場するためなので手組みが少し変わります。
ややこしや。

大鼓は「海人」(金春流はこの漢字をあてます)。
そんな難しくないだろうと思いきや、あった手附が観世太鼓ベースな上、早舞の手附はまったくなく、録りためておいたライブラリーもぴったりなものはなくて、その場で先生にお伺いし瞬時にそれを覚えて打つということに。
結果的にそう予想していたものと変わらず(それでも記憶違いがあったりしてほうほうの態になってしまったけど)なんとかかんとかクリア。


やれやれ大変だった…なんて思っていると、研修舞台で稽古会をしている音が。
後で聞くと、シテは舞囃子6番を1人でキッチリ舞いきってきたのだとか(おまけに当初は12番やる予定で本人はやる気満々だったのに諸々の都合で半分になってしまったそうで)。
う~む、上には上がいる…。

明日は研究会。
負けてらんないや!!

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1週間ぶり 

一週間もご無沙汰してしまいました。
お越し下さった方すみません。
この間は舞台あり、稽古あり、事務あり、台風が近づく中サッカー見に行ったり、大河見てぼろぼろ泣いたり…、忙しいようなそこまででもないようなで、なんとなく筆が進まずにいました。

さて今日は一日舞台でした。
以前にも書きましたが、能三番、仕舞一番、地謡フル出場の日でした。

9時に宗家宅に集合し、装束を搬送し国立へ。
初番「翁」
慌しく準備をし開演1時間前から装束付けし、程なく地謡・後見は素袍・士(さむらい)烏帽子に着替えます。
そして15分前に普段より早くお調べが始まり、それが終わると後見からお神酒、塩、洗米をいただき身を清めます。
が、今日はこれが失敗。
お神酒をいただきすぎました。。。
いつもは舐める程度にしかいただかないのですが、止め損なってしまいかわらけになみなみと。
残すわけにはいかないので全部飲み干すと…、体は火照ってしょうがないったらありゃしない。
おまけに足にくるのか、1時間と比較的短い時間ながら「お、ひょっとすると立てないかも…」というくらいしびれてしまいました。

教訓。
お神酒はくれぐれもほどほどに。。。


休憩を挟み「羽衣替ノ型
シテは師匠でした。
今回の装束は綺麗な縫箔腰巻。
鳳凰が描かれていたり「羽衣」にもってこいのそれは美しいものでした。
そして物着をすると、なんと舞衣!
赤地の楽器尽くしのものです。
通常長絹なのですが、師匠の意向で多分初めての組み合わせ。
僕自身予めわかっていたにもかかわらず、あれ今やってるの「富士太鼓」だっけ?と一瞬思ってしまったほど(普段この曲でよく使われるので)。
お客さまにはどう映ったでしょうか?


狂言・休憩を挟み、仕舞「舟弁慶」
謡い慣れたものですし、仕舞なので6分程度ですが、これ一曲でまた汗かいてしまいました。

続いていよいよ最後「石橋古式
とにかく攻めの心で謡うよう心がけました。
低い音を強く出してうわずらないように。
息が足らなくなると喉を絞めて高くなってしまった箇所もままありましたが、強く謡うという点はなんとかかんとか。

足の痛さに耐え、キリはすべての力を振り絞って謡いました。
終わると酸欠で指先がしばらく痺れていました。


とにもかくにも、すべての曲で自分の力を出し切って謡え、その意味ではやり終えたという充実感があります。
とはいえ所詮地謡の前列だし、本当に微力ではあるのですが。
でも、こうして目一杯に舞台を勤めていけばそれがいつかおおきな力になっていくんじゃないかと。
そう信じてこれからもひとつひとつ大事に舞台を勤めていきたいと思います。



あ、
そういえばこの間にひとつ歳をとりました。
三十路カウントダウン、スタート!

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足と肝臓の錬成会 

土日奈良へ。
舞台ではなく師匠御社中の錬成会に伺ってきました。

毎年この時期にあるのですが、ひたすら謡いまくるという会です。
今年は16番。
地謡はグループ分けされているのですが、師匠が全曲謡われるので僕も横で一緒に。
初日は昼1時から気がつけば6時半。
謡はもちろん足の錬成にもなります。。。

夜はもちろん宴会。
各テーブルにお酌にまわるとことごとく返り討ち。
若いんだから飲みなさい!と、ビール、日本酒、ビール、日本酒…エンドレス。
皆さんお強くて、師匠も「飲まなきゃ破門!」(笑)とおっしゃるのでもう気合勝負です。

さすがにそろそろやばいかも…と思ってきた矢先、都合よく出る鼻血のおかげで一休みできました。
その後部屋で2次会、それも終わってから師匠ともう1本ビールを空けて就寝。
いやー、最後まで潰れないでいけるなんて僕も強くなったもんだ。

翌日はホテルから慈光院さんに会場を移して数番。
初めて伺ったお寺でしたがすごーく雰囲気のいいお寺。
名月のときには、月をめでながら茶会が開かれるそうですが能もできたらいいのになぁ。

その後は皆さんと観光。
まず矢田寺へ。
あじさいが有名なお寺だそうです。
盛りは過ぎてしまった感じでしたが、それでもまだ充分に咲いていました。
でもこのあじさいのお庭、足場が悪い上アップダウンがあってさながら迷路。
帰りが遅くて心配してくれたのかタクシーの運転手さんが来てくれて救出してもらいました。。。

次が矢田坐久志玉比古神社
小さな神社ですがちょっとびっくり。
20070709225847.jpg

飛行機の神様でもあるそうです。

最後は先生方のご生家があった郡山へ。
このあたりは金魚の養殖が盛んで全国シェアの約60%を占めるそうです
金魚池と呼ばれる池がたくさんあってちーっこいのがワラワラいました。

街を歩いているとやっぱり関西だなぁと。
居酒屋さんで、
「飲んで 食って なんぼ屋」
とか、ホテルの前には、
20070709232325.jpg

とか。
関東じゃまずお目にかかれませんね。。。

帰りは京都から新幹線。
師匠には晩御飯から車内酒盛り一式、お土産までいただいちゃいました。
もうホントご馳走様でした!!!

…で、家に帰ってテレビつけたら小田原駅で人身事故のニュースが。
あと30分遅かったら大変な目に遭ってたところでした。。。

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芭蕉漬け 

おととい歌舞伎のあとが小鼓で「芭蕉」
昨日出稽古のあと国立に行って、またも小鼓「芭蕉」。
(最初が次第から初同、次が中入まで)
で、今日が大鼓でまたまた「芭蕉」。
そんなよく出る曲ではないのですが、めぐり合わせというかなんというか。

偶然の一致か今年下半期3度出ます。
曲というのはあたり年というのがあって、滅多に出ないのになぜかその年だけバババッと続いたりします。

ちなみにこの曲、上演時間は2時間ほど。
中入までで「猩々」が余裕で終わります。
全曲上演するまでに、うまくやれば「経政」「鍾馗」の3番ができるかもしれません。
その間ワキ方はほとーんど座りっぱなし。
一説によるとワキ方にとっては最も過酷な曲なのだとか。。。



明日から一泊、奈良に行ってきまーす!

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歌舞伎の俊寛 

午前中、稽古が終わったあと府中へ。
母から歌舞伎のチケットをもらったので伺ってきました。

会場は府中の森芸術会館、舞台の詳細はこちら
2000人以上入る大きなホールで平日の昼間という条件の中、国立能楽堂約3つ分一杯にしちゃうんだからすごいよな~。
それに都内だけでも数箇所、連続公演なわけだし。
ちなみにその客層はご年配の方が大多数。
僕みたいなのはごくごく少数だったようです。

さて開演。
最初は〝歌舞伎のみかた〟という解説。
いやー、これかなり勉強になりました。
2名を中心に寸劇のような形で進めていくのですが、これがテンポよく面白い!
しっかり台本を作って、それ用のセットも作って、ちゃんと稽古もしてきたという感じ。
連続公演だからなせる業という部分もありましょうが、僕らにしてもとりあえずひとパターン作っておくとなかなか面白いのではないかと思いました。

幕間(休憩とは言わないらしい)15分のあと「俊寛」。
正確には平家女護島のうちの一幕ということだそうで。
これが話に聞いていたとおり能の話の展開とは全く異なるものでした。

鬼界が島に流された俊寛、、康頼のもとに赦免使が現われて、成経、康頼の2名だけを都に帰すと読み上げられます。
それを聞いた俊寛は耳を疑い赦免状を何度も読み返しますが、どこにもその名はなく絶望の底へ突き落とされて泣き伏します。
…とまぁここまでは一緒。
能はこれから島から離れて行く舟を見送り、精神の極限状態を描くことをメインとして終わりますが、歌舞伎はここからが二転三転。
もう一艘舟が着き、小松殿(重盛:清盛の長男。一門の中で最も温厚で賢い人だったようですが、若くして亡くなってしまった人)がそれじゃあんまりにもかわいそうなんじゃない?ってことで俊寛も赦してやろうという赦免状を持って現われる。
が、成経ってば色男で島の海女を妻にしちゃってて、彼女も一緒に乗せて帰りたいと言い出します。
でも最初に来たいかにも悪そうな赦免使は絶対認めない。
ここで俊寛、自分が残るからお前さんが一緒にいってやんなさいと。
それでも頑として認めない意地悪赦免使を俊寛てば斬っちゃって、これで罪が増えたから自分は帰れない、代わりに空いた分乗って下さい、と。
(ちなみにそのときの言い分が、自分はこの島で生きながら地獄の責めを負うことで来世が救われる、だから助けると思って行ってくれ娘さんっ!となってました。このあたり「蝉丸」でも似たようなくだりがありますが、当時の人はこう言われると折れるしかないほど仏教思想が根付いていたんですね)
しかしそうとはなったもののやはり絶海の孤島に残されるのはつらい。
岩場によじ登り遠ざかる舟影が声を嗄らし、手を振り続けますが、やがてそれも見えなくなり一人立ち尽くすのでした。

というわけでセリフは各所謡の文句をそのまま取り入れながらも、人の情を全面に打ち出した物語に変わってました。
歌舞伎的には能のストーリーそのまんまじゃ舞台として成立しないだろうし、このほうがらしさが出るんでしょうね。
笑いあり、涙あり、斬組ありで楽しく拝見しました。


ちなみに。
吉川英治の新平家は俊寛だけが残るのは同じだけど、またぜーんぜん違うオチになっています。
これは僕はちょっと拍子抜けしましたな。。。

そのあと舞踊があったのですが17時から国立で小鼓の稽古があったため泣く泣く断念。
行ってみると小鼓方以外は僕だけでした。。。

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意外にも 

夕方、太鼓の稽古。
何人かから、今日はなんですか?と聞かれ、「舟弁慶」ですと答えると、みんな小書付ですか?と。
そりゃ今まで惣神楽だの悪尉楽だのさんざんやって「舟弁慶」とくればねぇ。
でも小書なし、まったくノーマル。
シテを勤めたことがあるのでもちろん手組は知ってますが、実際にお稽古していただいたことはなかったのです。
…でも僕はどうも速いのおっつかないみたい。
張盤で打つ分には問題ないんですが、実際に太鼓となるとどうも。。。

今日は太鼓は3人だけ。
終わってメシでも行きましょうかとなり、みんなで先輩にご馳走になっちゃいました。
有り難うございます~♪♪

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クラッシュ 

今日は金春五星会
あ、別に僕の会じゃないです。
〝五星〟というのは金春流の仕舞扇の決まり模様。
観世流なら観世水、宝生流なら五雲といったのと同じです。

それはさておき、この会は円満井会に所属する能楽師の各社中のお弟子さんが集まって仕舞、独・連吟の発表会をするというもの。
最近は夏に行われていて浴衣会という形になっています。

僕が謡うのは地謡15番。
特に多くは無い番数ですが、他の方の番数と比べてみると…あれれ?圧倒的に多い。
実は地謡を編成したのは師匠。
普段から「何でも謡います!」と言っているので、たくさんつけて下さったのでした。
舞台で謡うのはなによりの勉強になりますから有り難いことです!

で、一番最初「岩舟」
この曲、苦手…。
というより、得意って人はいないでしょうけど。
節は大ノリで難しくもなんともないのですがとにかくややこしい。
思いっきり飛んでしまったり、謡えど謡えど終わらない無限ループに陥ってしまったりするという恐ろしいトラップがいくつも仕掛けられた曲なのです。
実はこの手のが何曲かあります。
 気をつけよう 岩舟初雪 枕慈童
なんちって。
ちなみに今日は「初雪」もありました。

入念に覚えていざ出陣!と気合を入れて切戸口へ。
が、気合空回り。
出るときしこたま頭ぶつけてしまいました。。。
普段お弟子さん方に「気をつけて下さいね~」なんて言ってるくせに。
おまけに矢来能楽堂って切戸に頭ぶっつけると鏡板がすっごくガタガタ揺れてまるわかり。
これが尾をひいたのか一箇所全然トラップじゃないところで間違えそうになっちゃったし…。
このあとはさすがにぶっつけることはなかったものの、タンコブができちゃったらしくまだ頭が。
トホホ。。。

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