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暗誦の合間に 

「前列は地頭が絶句しないか楽しみにするくらい稽古しておきなさい」
とは今日の研究会での家元のお言葉。

やばっ、心を見透かされたか…と一瞬ドキッとしました(笑)
楽しみにするかどうかはともかくとして(てゆーかこれは120%言葉のアヤってやつです)、ハイシーズンになると上の先生先輩方は本当にお忙しいです。
そんな折に遠い曲が出たりするともう本当に大変そう。
僕ももちろん大変じゃないわけはないですが、その度合いは確実に一番小さいはず。
そうなれば僕が一番がんばるっきゃない!ということで必死に覚えます。
それこそ例え他の全員が絶句しようと(これもif I wereです)ひとりで謡いきっちゃるっ!というくらい。


そんななか明日週末の舞台の申し合わせがあります。
「玉葛」という曲は他流ではそう遠くないそうですが、金春流ではしばらく出ていないそうで。
僕も舞囃子どころ以外は初めて謡います。
しっかり覚えるべくずーっと謡本を手元においているのですが、どうにも覚えにくい…。

ので、ちょっと現実逃避してしまいました。。。
暗誦にもどりますー。
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カテゴリ: 稽古

テーマ: 能楽 - ジャンル: 学問・文化・芸術

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コンビニはじめました 

別に朝から仕事があるわけではないけど7時前に早起き。
マンションの1階にコンビニがオープンするのです。

もともと父が経営する会社の事務所になっていたのですが、年齢的なこともあり後継者もいないので(この点、心が痛む…)、このスペースを貸すことになりました。
ここ半年くらいこれに関わることを父の代理で部分的にやっていたりしたのですが、出店するまではなんやかんやいろいろ大変なんだなぁと思い知りました。

学校が近いことから学生客を主力と見ているようで、夏休みに入った土曜の朝開店でお客さんが集まるのかちょっと心配しましたが、杞憂杞憂。
開店からひっきりなしにお客さんが入ってます。
住宅街のど真ん中で、一番近い店はキツイ坂を上った400メートル程先の所、ほかは10分は歩かなくてはいけないので確かに便利だと思います。
それに第一種低層なんたらかんたらとかでこの周りは他に出店できるところがないらしく、ライバル店の脅威を心配しなくてもいいそうです。

貸す側としても末永く、かつ利益を多く上げてもらうに越したことはないのでなんとかうまくいってほしいものです。

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野宮・土蜘 

この前の日曜日の「野宮」は案の定2時間を超えました。
やはり大曲。
でも地謡座にいるとそんなに長かったとは感じない充実した時間でした。

例の〝胡蝶さん〟のほうはホントあっという間でした。
出る前大鼓の方から「次第は?」と聞かれ反射的に「一段でお願いします」と答えると「おおー」と。
言ってからふと前にある囃子方の先生から、段ナシにするというのは自分の芸はそのくらいだ言っているようなものだ、と言われたことがあったのを思い出しました。
もちろん公演の都合で時間が限られている場合もあり一概にそうは言えませんが、今回は時間の問題もなく軽いツレでわざわざ段を取ってもらうということは…、おぉ我ながら大きく出ちゃったかなと面の中で思ったりしてました。
舞台上ではそれにふさわしくできたかどうか…?
うーーん、思ったとおりカンペキ!というわけにはなかなかいきません。。。


その疲れかこの暑さのせいなのか早くも夏バテ気味。。。
実は来月に引っ越す予定になっていまして、その関係で詰めることが今週集中していました。
本格的な引越しは初めてなので慣れないことばかり。
あんまり次から次へといろんなことが来るので頭がぼーっとしてきてしまうこともありますが、そういうステップを一つ一つ踏んでいくごとに、ああこれから新生活が始まるんだなという実感と期待が湧いてきます。

これから初めて謡う曲や少し遠い曲が続くので、気合を入れ直して頑張らなきゃ!

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妖艶胡蝶さん 

週末の舞台の申し合わせ。
2番立ての最初は「野宮」(ののみや)。
三番目物の大曲ですが、申し合わせなのになんと90分。
これは当日2時間コースですな。
足、大丈夫かしら。。。

次は「土蜘」
ツレ胡蝶役をいただいています。
しかしこの胡蝶という人、原因不明の病に気を落とす頼光のために薬を持ってきたり、励ましたり至れり尽くせりなのに、どうも怪しい人だとか更に言えば土蜘の手下みたいに扱われるのはなんででしょう?
最初の次第の謡が
 うきたる雲の行方をば 風の心に尋ねん
と、憂きたる蜘蛛と読むことができるからか、胡蝶という名が蜘蛛の巣にかかった囚われの蝶をイメージさせるからなのでしょうか???

ちなみに初同(地謡が最初に謡う謡。ただし地取は除く)の詞章は、
 色を尽くして夜昼の 境も知らぬ有様の 時の移るをも覚えぬほどの心かな
と、あります。
〝色〟を古語辞典で引くと、豊かな心、種類、情事などとあります。
謡本の脚注には〝色を尽くして〟は〝(療治を)色々に尽くして〟となっていますが、色=情事で読むと…、ちょっと。。。
確かに昼夜問わず…だったらそりゃ精気もなくなってくるでしょうねぇ(笑)

そんなことを考えてると、この役はどうやってやったらいいものかわけがわかんなくなってきます。
でも
 いやぁいやぁ、それはくるしからぁずぅ~
なんて悩ましげに謡えるわけないですからね。。。
ま、端役といってそう問題のない役があんまり主張すると全体のバランスが崩れますから、普通にツレの位でツレらしくサッパリやって、あとはご覧になる方にお任せできるようにと思っています。

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三十路突入 

そんな今日はお仕事。
円満井会内のお弟子さん方が集まる合同の発表会。
僕のお弟子さんである中2小1の兄妹の子たちも出演しました。
実は昨日も直前稽古をしたのですが、2人とも一番最初にやったときは、…。
1年生のお嬢ちゃんは、座って扇を開いた途端振り返って、
「なんだっけ?」(えへ)
と。
10年後もその笑顔を自由に振りまけていたら、彼女は間違いなく男に不自由することはないだろうなという表情でこちらを見てみたり…。
昨日それぞれ3回通した成果か、なんとか2人とも無事にいきました。
よく頑張りました!






さてそんなこんなで30歳になりました。
最近いろんな面で過渡期に差し掛かっているような気がします。
ここ1年くらいで周りの環境が(物理的な面もありますが精神的に)劇的に変わって、時にその流れの速さについていけず不安定になってしまうこともありました。

これは僕だけなのかもしれませんが、数年周期でなんにも気にならない時期となんだか細かいことが妙に気になる時期がきます。
この波が来るたび考えるのですが、あることに対する自分の価値観がぼんやりしている時期が前者で、固まってくるときが後者になるようです。
でも固まったままんまだとそれ以上膨らんでいかないわけで、これが徐々に壊れる(否応ナシに壊される)時期がきます。
これがくるとそれまであった機軸がぶれていくわけで、必然的に精神的に不安定になってきます。
今はまさにこんな時期のような気がします。
要因としては先に書いた環境の変化が最も大きいようで、中でもそれに伴って自分の立場が従来と変わらざるを得ない、具体的には責任度合いが増していくことにあるようです。
年齢が増すにしたがってごくごく一般的に発生することでしょうが、30という歳はこういうことが顕著に現われてくる時期なんでしょうね。

もっともある部分では、もう腹を括ったというか楽しめる域にきたなと思えるところもあるのですが、他の部分ではまだまだ。
う~ん、邯鄲の枕が欲しいなぁ。




ちなみに妹君から誕生日プレゼントをもらいました。
「お米券」
とても実用的。

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てがみ 

最近記事が減ってしまってますね。。。


今日はおやすみ。
覚え物をして、少し本を読んで、仕事関係の手紙を書いたり。
ふと、ここのところ会ってない友人に手紙を書いてみようかなと思い立って、便箋を開いたもののまったく筆が進まず、結局一文字も書けずに閉じてしまいました。
手紙を書こうとすると、普段如何に顔や語調なんかを感じながら会話をしているかどうかわかります。


そういえば昔、何かのお菓子のおまけに俵万智の歌が書かれたカードが入っていました。
確か中学生のときだったと思うので相当前ですが、なぜかまだ覚えています。

 手紙には 愛あふれたり その愛は 消印の日の そのときの愛

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熊坂 

妙にある1曲ばかりが出る当たり年的なものがありますが、今年は「熊坂」が当たりなようで。
今日はその「熊坂」の地謡を勤めました。

後半部は大泥棒熊坂長範が長刀を手に激しい動きを見せ、地謡もひたすら強く謡う場面が続きます。
今まで若手で謡うことが多く、若さでイケイケドンドンになることが多かったのですが、今日の地頭は重鎮の先生。
後列から要所要所でグイッと手綱が引き締められるような感じ。
75分と能の中ではそう長いほうではないですが(ただこの曲としてはやや長かったかも)、終わると案外ぐったり。
こういう謡い方もあるのかと勉強になりましたし、また単純に謡っていて楽しいという充実した時間でありました。


ところで、この曲のクセの最後は
 迷うも悟るも心ぞや されば心の師とはなれ 心を師とせざれと 古き言葉に知られたり
とあります。
稽古で謡っていてここはいつも気になる箇所です。

真面目に生きようとすることは正しいことだと思いますが、それは心、というか脳が本能的に安定を求めているだけなのかもしれない。
安定することはある程度必要なことだけど、反面進化を止めてしまう危険性もある。
(世界が滅ぶのは核戦争なんかではなく、なにも進化しなくなってしまうときだということを聞いたこともあるし)
時にはそうした脳の方向性を断ち切って、つまりは心を師とせず、一見馬鹿げていると思えるくらいのことをするのもときにはいいかもしれない。

…たぶん、詞章の本来の意味からすると相当逸れている(下手すりゃ真逆)と思いますが、ここを謡っているとそんなことが頭をよぎります。

カテゴリ: 舞台

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