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窓がはずれラーメンが消えた日 

先日のこと。

朝研究会に向かおうと満員電車に乗っていたところ、通過駅の駅員が血相を変えて「は、外れてます!」と先輩駅員を呼んでます。
なんのこととあたりを見回していると、僕のすぐ前にいた女の人の髪が車内の気流からするとありえない揺れ方をしています。

あ。外れてる。

外れていたのものは扉の窓でした。
月曜の朝、それも雨と車内は恐ろしく混んでいたのですが、圧力でいつの間にかこんなんなっちゃっていたようで。。。
でもそんな突発事項にもちゃんとマニュアルがあるのか、次の駅でビニールシートとテープで仮補修を行い、安全のため駅員をその扉のところに乗せ、終点までちゃんと運行していきました。
ま、おかげで20分くらい遅れ、駅からタクシー乗るハメになりとんだ散財でしたが。


その後研究会を終え、昼食をたらふく師匠にご馳走になり(ごちそうさまでした!)、国立へ。
手附を写し、さんざん謡って、芝居を見に移動。

終演が遅くなりそうなのでラーメンをと。
L字形のカウンターで、僕の右前には20代半ばくらいの女性。
先にそちらにラーメンがきました。
ほうほう、なかなかおいしそうと運ばれてきたものを確認してから、メニューに目を落としていると、約10秒後その女性がビニールにくるんだものを注意深く持って入り口の方へ。
折りたたみ傘を置きにでも行くのかな?と思ったらそのままスタコラ外へ。
はて???
しばしポカンと見送り、女性の座っていたテーブルの方に目をやると、ラーメン鉢はすっからかん。
…と、いうことは。

テイクアウトだ。

なんのために???
同業者のリサーチなのか、はたまた恐い彼氏に命令されたのか。。。
お店の人もさすがに不思議そうな顔をしていました。
動揺したのか、僕が頼んだラーメンはちょっとしょっぱかったです。
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能についてやたらに喋った1日 

前日は定例能。
能の地謡一番と、仕舞を舞いました。
仕舞は…やり過ぎました。。。


翌日日曜は、午前中お弟子さんお二人稽古。
午後はシテ方他流の方が息子に会いにきてくれました。
たっぷり遊んでもらって、僕も出かける用があったので一緒に出発。
道々能楽界の今後についてずーっと話していました。

夕方新宿で待ち合わせ。
お相手はヴァレリー・デュ・シェネさん
フランス人の造形美術作家さんです。
インタビューをもとにそのイメージで絵を描かれたり、立体作品をつくられる方だそうですが、大学のクラスメートからの紹介を受けて僕に取材の依頼がきたのです。

あるひとつの特定の場所について語るということだったので、はじめ能楽堂について喋っていたのですが、それが能舞台になり、最終的には鏡の間になっていました。
喋っていくうちに一番印象が強い、思い入れの強い場所がそこになっていました。
もちろんその先に舞台があるから、ということがあってですが、自分の深層心理がわかったようでとてもおもしろい体験でした。
いずれ本になるそうですが、どんな表現をしていただくのかとても楽しみ!
出版の暁にはご紹介させていただきます。

それからもう一仕事(というものでもないけど)あって、なんとなしにワキ方と狂言方とで食事に行くことに。
一杯呑んで1時間くらい…の予定が、能の話でアツくなってしまい気がつけば終電アウト。
もうしばらくそこで語りあい、寒くなってきたので(さすがにこの時期の深夜一時に外は寒い)、カラオケボックスに移り歌も歌わず続きを。


結局帰宅は5時。
半日以上能のことばかり喋っていた1日でした。

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健康に問題あり? 

連休中は出稽古が一つあるだけでしたが、引越しの手伝いやら、子供の初節句やらで結構バタバタ。
明けてからは土曜日のダブルヘッダーもあり休みなし。
そのせいか一昨日あたりから体調を崩してしまいました。

最近暖かくなってきたので、冬から飲み続けてきた養命酒をやめた途端のダウン。
子供が生まれてからずーっと突っ走ってきた疲れかもしれませんが、養命酒がなければ健康が保たれないって、問題かも…。

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避らぬ別れ 

数日前先生からお電話があり、一人のお弟子さんが亡くなられていたとのご連絡をいただきました。
年齢的にお若くはないのですが、とてもお元気で、安全な手術をされるので3月から入院し退院次第お稽古に戻られると仰っていました。
普段3人での組稽古だったので、そろそろいらっしゃいますかねなんてほかのお弟子さんとお話している矢先のことでした。

生涯に能を10番舞うと決意され、数年前に見事舞いおさめられました。
家元に「ご自分の世界をつくる方」と言わしめるほど、堂々と勤められる姿が今でも鮮明にまぶたに残っています。
何年か前、「経政」をされたとき、途中でセリフが戻ってしまわれたことがあったのですが、戻ったところから途中の地謡の部分も全部お一人で謡い切って、何事もなく元に戻されるという離れ業をされ舞台上の全ての人が舌を巻いたということもありました。

最後にお稽古されていた仕舞は「実盛」キリでしたが、僕などがどう背伸びしてもできない、老武者とはかくあるべしと毎回教えていただいていたような気がします。


実は入院される前、身辺整理とのことでいただきものをしました。
こんなにお元気なのに、はて?と思っていましたが、ひょっとするとご自身でなにか感じるものがあったのかもしれません。
病気の快癒を祈願して、3月に「熊野」を勤めたときにも楽屋に持っていったのですが、もうそのときには天から見守っていただいているとは思いもよりませんでした。
〝避(さ)らぬ別れのなくもがな〟
そんな詞章も届かぬ言葉となってしまいました。



何かの間違いで、お稽古にひょっこりいらっしゃって下さるのでは…という望みは残念ながら叶いませんでした。

ご冥福をお祈りいたします。

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