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コラボレーションで得たもの 

すっかり日が経ってしまいましたが、土曜日にコラボレーション舞台が終わりました。
1日2回のシテ、それも普段と違う空間ということで相当に疲れました。
帰り恐ろしいほど足が重く、普段なら10分ちょっとで歩ける道が30分近くかかりました。
それから今日までハードな日が続いてきましたが、明日は整体にでも行って疲れを抜いてこようと思います。

さて長きにわたった今回の舞台。
客観的に映像を見てみないとなんとも言えないところはありますが、2点新たな光が見えた気がします。

恋むらさき舞台

まず照明
能では原則として1曲の中で照明をいじりません。
もともとが野外で行われるものだった名残だと思いますが、舞台を明るく見えるようにするという以上の照明はなんとなくタブーのようになっています。
しかし今回やってみて、もっと照明の力を借りてよいのではないかと痛感しました。

もちろんあまりに照明が主張しすぎてしまうと、能が壊れたり、あるいは照明に頼って芸が弱くなる恐れはあります。
でもうまくつきあえば、面の表情の変化など効果は高いのでは、と。
そもそも、かつては自然光が白洲(昔は白洲の部分がもっと広かった)に反射して下から光が当たっていたわけで、現在の能楽堂のような上からの光より、下から照明を作っていたほうが本来のものに近くなります。
それにかがり火やろうそくという照明なら現在も何の問題もないわけで、技術も向上した今日、自然に近い光も作っていけるはずです。


もう1点は言葉
今までいろんな楽器と舞のコラボレーションは間近で見たり、実際に舞ったりして、確実にいけるという手ごたえはありました。
しかし謡と楽器はどこかでメロディーがかぶってしまい、どうにも違和感を持っていました。
今回、セリフと謡(伊勢物語の和歌を謡いました)での掛け合いをしましたが、意外と合うのでは?という感触がありました。
今まで音楽同士だったのでうまくかみ合わなかったものが、セリフという言葉と、謡という音楽という形でとらえると新たな世界がつくれるような気がしたのです。
そもそも古語の謡は、やはり一度聞いただけでは意味を即座に理解することは難しいので、現代語のセリフで補完できれば能の世界自体がよりわかりやすくなるかもしれません。
そうした意味で、よく音楽的といわれる(数名の方から五流で一番そうだと言われたことがあります)金春流の謡は可能性をもっているのかもしれません。
すぐにどうこうできるものではないにせよ、このことは頭のどこかに置いておいて、いずれなにかの形で使えればと思っています。


今回打ち合わせ、数か月の稽古を経ましたが、能とは違う作品の作り方はとても面白く、新鮮なものでした。
本当に大勢の方の力が集まって、舞台が少しずつ出来上がっていくというのをその輪の中で見ることができました。
でも、〝大勢の方の力〟は能でも同じこと。
いつもはそれが当たり前のようになってしまっていたなと思います。
気持ちを新たに、感謝の心を胸に、また古典の舞台のなかでしっかりと芸を磨いていきたいと思います。
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カテゴリ: 考えごと(能楽)

テーマ: 能楽 - ジャンル: 学問・文化・芸術

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