07 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 09

現代能楽集III「鵺/NUE」 

先日ほぼ衝動買い的にチケットを買った舞台を観に行ってきました。
行き先は、世田谷パブリックシアター。
近所ながらここで舞台を見るのは初めてです。

数年前から野村萬斎師が芸術監督に就任して以来、ここでは古典系の舞台が多くなっています。
今回上演されているのは、現代能楽集III「鵺/NUE」
そう、「能楽」という言葉に惹かれて衝動買いしてしまったわけです。

19時開演、上演時間約2時間でした。
あらすじは…、書くとながーくなっちゃいそうなんでご興味のある方は検索などしてみて下さい(笑)

能がふんだんに入っているのかと思いきや、はっきりわかったのは「鵺」の次第から数行の詞章部分がセリフとして入っていたくらい。
あとは〝鵺的存在〟を登場させそれを軸に物語を進めていって、別の演劇を夢幻能チックに挿入していくような能楽エッセンスを採りいれて再構築していったという感じです。
でも、それが不満だったかといえばとんでもない!
いやー、なかなかに面白かったですっ。

じゃあどんなとこが?と訊かれると…、うーんストーリー自体はよくわかんなかったですねぇ(笑)
わかんないくせに面白いって、おかしなことをいうヤツだと言われそうですが、別に必ずしもわかる=面白い、ワカラナイ=つまらないって図式は成り立たないと思うんです。
抽象画が典型的で、作者自体がはっきり「これはなにである」指し示さずに〝無題〟なんて作品がよくありますが、だからといって見る価値がないかなんてことはない。
わかるか?と訊かれれば「よくわかんない」のですが、確かに〝感じる〟部分があるのです。
今日もそんなわけで三軒茶屋からテクテク20分ほど歩く中で、〝感じた〟ことが体のなかでいろんなものと結合して駆け巡っていました。

以前、ある先輩と焼肉を食べながら、芸術って一言でいうと何?という話になたことがあります。
僕は「なんだかわかんないけどスゲーって思わせるもの。触媒。」と答えました。
すると先輩、「ダサい」と。
じゃあ何ですかー?と訊けば「何かをインスパイアするもの」と。
…だいたい言いたいことは一緒なんだけどなぁー(笑)

僕は「なんだかわからない」という部分が重要なんじゃないかと思ってます。
世阿弥チックな表現で言えば「秘すれば花」的部分といったところでしょうか。
でもこの謎の部分に甘えてしまうのは絶対よくないこと。
どうせ謎なんだからわかんなくたっていいや、見てる人もどうせわかんないだろーし、的な。
こういうことをするとどんどん色褪せていってしまうような気がします。

でもね。
正直言って、能の詞章には意味不明なところも多々あります。
型にしたってこれが何を意味するかわからないところだらけです。
僕はわからないまんま舞台に立っています。
それでお金をいただいているときもあります。
能というものに甘えている、それを盾にしているという部分が確実にあります。
そして、それじゃよくない!と思っている自分と、それでもいいと思っている自分がいます。

今日の舞台でも感じたのですが、恐らく今日の台本の真の意味というものを(それがあるのかないのかはわからないけど)、それを完全に理解して演じている役者はいないと思います。
それは他人を完全に理解できないのと同じことです(自分自身のことだって理解しきれるかどうかといえば確実にできないと言えるでしょう)。
それでも見る側に強烈な何かを残してしまいます。
なぜか。
言葉にするとすごく幼稚に響きますが、自分なりに深く考えて真剣に舞台上に立っているからです。

こんなこと言うと自己弁護に聞こえかねませんが、僕自身常にそういうスタンスで舞台に立っているつもりです。
当然技能も理解も精神もまだまだ未熟以外のなにものでもありません。
ときたま僅かに得られた満足感はあっという間に不満に変質してしまいます。
それでもそういう過程を繰り返すことが自分を成長させる唯一の手段なのです。

ふと、なんでこんな苦しいことをやっているのかという問いが湧きました。
すぐにわかりました。
それが「楽しいから」です。
スポンサーサイト

[edit]

« 稽古漬け  |  勉強好きなんです »

コメント

NoTitle

「なんだかわかんないけどスゲーって思わせるもの。触媒。」って、何度聴いても、字にしても冴えないね。あいかわらず。

インスパイアするって言葉もまぁ、たいしたことはないけどさ。
Inspireするって、生物的には脳内物質を激しく分泌させることでしょ?
喜怒哀楽すべて分泌なんだけど、それとは別の分泌。
その同じ「鵺」を見ても、もちろん分泌する人としない人がいて、分泌した人間にとってはそれが芸術なんだ。

行きところは、ありがちな「定義の問題」になっちゃうけどね。

ま、その人数の多寡が経済原理と結びつけば、普遍的に「芸術」と言われるようになるのでしょう。

そうそう。
”他人を完全に理解できない・・・”が気になったんだけど、他人というものは不可知だよ。
書くまでもないけど、いくら「他人を理解した」といっても、それは自分の世界に像として投影されたものなんだから、他人そのものじゃないし、あくまで自分の世界を理解しただけだ。よ。

と、久々に訪問したら冬景色に変わってて、理屈を書いてるから、衝動的に屁理屈を書いてみました。


要約すれば、幻の他人なんか気にせずに、自分の世界押し付ける芸術家になってください、ということです。

より多くの人を分泌させるように、がんばってくださいませ。

キ #- | URL
2006/11/16 00:05 * edit *

NoTitle

コメントどうもです。
らしい文章ですねー。

また牛角で!

五星 #lVShtGQM | URL
2006/11/16 21:46 * edit *

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://kakedashino.blog11.fc2.com/tb.php/359-aa7931cd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

リンク

カレンダー

RSSフィード

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

カウンター